ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

尾関智二背景に,錯体化学の分野では,応用を指向した研究が活発である.そのため化合物のもつ機能や応用面を切り口にまとめたsessionが過半数を占めていた.その中でも最も多いのが触媒を前面に出したもので,約10件設けられていた.有機化学分野では共有結合生成のための触媒の研究が多くを占めるのに対し,H2,N2,O2,CO 2などの固定・活性化・反応あるいは発生など,小分子をターゲットとする研究が多いことが,錯体化学分野における触媒研究の特徴である.次に多かったのが磁性・伝導体・スピントロニクスなどの物性研究を軸としたsessionであった.そのほか,エネルギー,電池,分子機械など,錯体のもつさまざまな機能を印象付けるsessionが数多く開催された.その他のsessionの多くは化合物を切り口にしたものであった.超分子,MOF(metal-organic framework),ポリ酸(polyoxometalate),生体関連物質といった化合物のカテゴリーでくくったもの,f-ブロック元素など金属でくくったもの,配位子の種類(N2,ホスフィン系,σ-,ピンサー型など)でくくったものなどが設けられていた.MOFは,構造が組みあがっている状態がすなわち結晶であるため,その研究はすべからく結晶を対象とした研究となり,結晶学との親和性が非常に高い.そのため近年,IUCrやAsCAでは,錯体化学関連の発表はMOFに席巻されている感がある.しかし,錯体化学全般を広く見渡すと,実に多様で魅力に富んだ化合物群が多数あることが,今回のICCC2018におけるsessionの構成に如実に表れている.その1つが,筆者が研究対象としているポリ酸(polyoxometalate)であり,ICCC2018ではPolyoxometalatenanoarchitecturesとMetal-oxo clusters:from purelyinorganic entities to composite materialsという2つのsessionが連続して開催された.前者は13ヶ国から45名(うち34名が国外から),後者は15ヶ国から44名(うち30名が国外から)の発表者を集め,ICCC2018の初日から最終日まで,常に100名前後の聴衆を集めて熱い議論で盛り上がっていた.また,ICCC2018に先立ち,7月28日~30日には錯体化学会討論会が同じ会場で開催されたほか,下記の6件のサテライトシンポジウムが実施された.・The 1st International Symposium on Soft Crystals 4)(7月30日,仙台)・Transition Metal Chemistry towards Sustainable EnergyConversion and Various Advanced Applications 5)(8月5日~7日,福岡)・Construction of International Collaborative ResearchNetwork on Material Science Utilizing Nano Spaces asReaction Fields and Devices 6)(8月6日,長崎)・International symposium on Metal-Oxo Cluster Sciences:Exploring Novel Possibilities 7)(8月5日~8日,東京)・Kumamoto Symposium on Advanced SupramolecularMaterials 8)(8月6日~7日,熊本)・International Symposium on Recent Advances inBioinspired Molecular Catalysis 9)(8月4日~5日,筑波)これらのサテライトシンポジウムも,ナノ空間の活用やエネルギー変換,触媒など応用を視野に入れた化合物の機能,あるいは,ポリ酸,超分子,生体関連物質など化合物そのものに焦点をあてて企画されている.その中から,筆者が企画し東京で開催したシンポジウムInternational symposium on Metal-Oxo Cluster Sciences:Exploring Novel Possibilitiesについて紹介する.このシンポジウムは日本大学文理学部自然科学研究所の主催で同学部キャンパスにて,12ヶ国から73名(うち,中国14名,UK10名,フランス5名,ドイツ4名,インド4名など海外から48名)の参加者を集めて開催された.仙台でのICCCでの2つのsessionに引き続き,ポリ酸(polyoxometalate)にまつわる化学について,十分な時間をかけて集中的に議論を行った.この分野では,ヨーロッパの研究者たちが2012年から2016年にかけてEUのCOST(European Cooperation in Science and Technology)Actionの下でPoCheMoN(Polyoxometalate Chemistry forMolecular Nanoscience)というプロジェクトを走らせ,共同研究の態勢を整えてきた.今回の一連の会議を機に,その輪を日本を含む全世界的な活動に広げる動きが始まった.以上,筆者の周辺を中心に,2018年夏にみられた錯体化学分野の動向を簡単に紹介した.ここに見られるように,錯体は多彩な構造と多様な機能を示すが,それらは金属原子周りの配位構造の柔軟さに起因している.金属周りの構造を決定する最も有力な手段を提供する結晶学は,多様性および複雑さを加速させつつある錯体化学に対して今後も大きな影響を与え続けるであろう.最後にICCC2018の参加者数等をご教示くださいました東北大学山下正廣教授に感謝いたします.文献1)R. W. G. Wyckoff and E. Posnjak: J. Am. Chem. Soc. 43, 2292(1921).2)M. Iwata and Y. Saito: Acta Cryst. B 29, 822(1973).3)http://iccc2018.jp/4)https://www.softcrystal.net/sympo201807/5)http://www.scc.kyushu-u.ac.jp/Sakutai/Conferences/iccc2018_post_conference_fukuoka/6)http://www.sakutai-nu.jp/7)http://dep.chs.nihon-u.ac.jp/chemistry/lab/ozeki/MOC/8)http://www.sci.kumamoto-u.ac.jp/~hayami/POSTICCC/index.html9)http://www.chem.tsukuba.ac.jp/kojima/iccc/Home.html224日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)