ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

右水晶の定義と絶対配置の決定yet again”と題する論文が出ている.7)その論文に掲載されていた,石英結晶中のSi原子の配列のc軸投影図を図2に示す.左側が右石英,右側が左石英であり,上の段は高温相,中段は低温相で結晶軸のとり方が順設定,下段は逆設定の場合である.図中の円弧の矢印は,Si原子のらせん状の配列が右ねじか左ねじかを示している.右石英は確かに左ねじの3回らせん軸をもつが,原点を通るらせん軸の周りで高温相の62らせんが低温相でも近似的に保持されており,それは右ねじ配列である.2.異常散乱項の虚数部図3原子によるX線の散乱.(Scattering of X-ray by anatom.)点Rにおける散乱X線の行路は原点Oにおける散乱に比べてOQ-PRだけ短い.1972年に日本のある化学者が,X線で決めた絶対配置は量子論に基づくと全部間違っていると主張して紛糾したことがある.8),9)これは古典電磁気学と場の量子論とで,時間の振動項の表記が共通でなかったことに起因する過ちであった.このようなミスを防ぐためにも,要点を以下に述べる.電磁波の振動の表記が異なると,構造因子の式も違ってくる.まず,原子によるX線の散乱を考えよう.図3に示すように,点R(位置ベクトルr)における散乱波は原点Oにおける散乱よりも行路がOQ-PRだけ短い.入射X線と散乱X線の波数ベクトルをke,k sとすると(|ke|=|ks|=1/λ),散乱ベクトルはs=ks-keと表され,行路差はOQ-PR=λ(s・r)と書ける.10)(ア)時間の振動項をexp(iωt)とした場合これは,古典電磁気学における振動の表記であり,結晶学ではこれを慣習的に採用している.検出器において,原点Oからの散乱波の振動がexp(iωt)であるとき,点Rからの散乱波はexp{i(ωt+2πs・r)}となる.なぜなら,行路がより短いので,点Oと比べて時間tが少し小さいときに同じ波の位相になるからである.よって,共通な時間の振動項exp(iωt)を除外し,電子密度ρ(r)を考慮して散乱波を積分すると,次のような原子散乱因子の式が得られる.f () s =∫ρ()exp( r 2πis?r)dv(1)同様に,結晶構造因子も次式のように表される.F( k) =∫ρ()exp( r 2πik?r)dr(2)原子散乱因子の異常散乱項をΔf’+iΔf”と表すと,原子の種類やX線の波長によらず,次式が成り立つ.11)?f”>0(3)(イ)時間の振動項をexp(-iωt)とした場合これは,場の量子論で使われている振動の表記である.検出器において図3の原点Oからの散乱波の振動がexp(-iωt)であるとき,点Rからの散乱波はexp{-i(ωt+2πs・r)}となる.時間の振動項を除いて散乱波を積分すると,原子散乱因子の式は次のようになる.f () s =∫ρ()exp( r ? 2πis?r)dv(4)結晶構造因子も次式のようになる.F( k) =∫ρ()exp( r ? 2πik?r)dr(5)そして異常散乱項の虚数部については,符号が逆転する.?f”< 0(6)以上,時間の振動項の表記が異なると構造因子の式も違ってくることを示した.注意すべきは,式(2)と(3)は一組になっているということである.過去に起こった紛糾の火種は突き詰めると,式(6)と(2)を組み合わせるというミスであった.初学者が混乱しないようにするためにも,時間の振動項をexp(iωt)とする表記に統一することが望まれる.なお,異常散乱因子の古典論および量子論による取り扱いについては,総説を参照されたい.12)文献1)田中良和:日本結晶学会誌60, 177(2018).2)大場茂,大橋淳史:慶應義塾大学日吉紀要,自然科学46,13(2009).3)「新訳ダンネマン大自然科学史」(安田徳太郎編,三省堂)5,8,11巻(1978).4)S. F. Mason: Molecular optical activity and the chiral discriminations,pp.1-2, Cambridge University Press(1982).5)A. De Vries: Nature 181, 1193(1958).6)H. D. Flack and G. Bernardinelli: Chirality 20, 681(2008).7)A. M. Glazer: J. Appl. Cryst. 51, 915(2018).8)J. Tanaka et al.: J. C. S. Chem. Comm. 21(1973).9)N. Harada: Chirality 29, 774(2017).10)大場茂,植草秀裕:「X線結晶構造解析入門」,化学同人(2014).11)U. Shmueli ed.: International Tables for Crystallography, Vol.B, 3rded., p.284, Springer(2008).12)深町共栄:日本結晶学会誌19, 51(1977).日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)271