ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

日本結晶学会誌60,270-271(2018)右水晶の定義と絶対配置の決定慶應義塾大学自然科学研究教育センター大場茂1.石英の旋光性と絶対配置今年8月の本誌記事1)の中で,「右水晶」の定義が統一されていないことが書かれていた.このことは非常に問題であり,物理学辞典などにおける右水晶と左水晶に関する記述の混乱についてはすでに指摘したとおりである.2)以下に述べるように水晶(あるいは石英)の右と左の定義は古くから旋光性に基づいて行われており,右水晶は「右旋性を示す水晶のこと」に統一すべきである.キラルな物質の旋光性は,それらの絶対配置を区別する決め手となる.それを測定する装置,偏光計(旋光計ともいう)の原型が作り出された歴史的な経緯は次の通りである.3)17世紀の中頃に,C. Huygens(ホイヘンス)が方解石と同様に水晶も複屈折を起こすことを見出した.それから1世紀以上もたってから,1808年にE. L.Malus(マリュス)が窓ガラスで反射した太陽光に偏光が生じていることを発見した.このことが契機になって,偏光に関する研究が進んだ.1811年にD. F. J. Arago(アラゴー)は(結晶の光軸に垂直に切断した)水晶の切片が旋光性をもち,そして干渉によって色が生じることを発見した.そして,1814年にW. Nicol(ニコル)が方解石を使って異常光線だけ,つまり直線偏光を取り出す偏光プリズム(ニコルとも呼ぶ)を発明した.そして,このプリズムを2つ垂直に配置することで偏光計が作られた(図1).1819年にJ. -B. Biot(ビオー)が水晶板を偏光計で観察し,水晶には右(旋性)と左(旋性)があることを見出した.また,旋光性は結晶性物質だけでなく,酒石酸などある種の有機化合物の溶液にも見られることを発見した.ただし,この旋光性の右と左の定義が重要であり,ビオーは「観測者が光源に向かって試料を見たときに偏光面が右に回転する場合を右旋性」と定義した.化学の分野における旋光性についてのこの慣習的な定義は現在,世界共通で使われている.ただし,1822年にJ. F.C. Herschelが,光の進行方向を基準にとって,旋光性の右と左を記述する方式を提案し,それが物理学の分野で受け入れられたため混乱が生じた.4)右旋性石英の絶対配置は1958年にX線の異常散乱を用いて決定され,右水晶は左ねじの3回らせん軸をもつことが判明した.5)絶対配置の決定とは,その物質の旋光性などの物性と,分子あるいは結晶中の原子配列の絶対立体構造との対応を示すことであり(この点が重要),単に試料結晶の絶対構造を正しく求めただけでは,絶対配置を決定したことにはならない.6)なぜなら,旋光性などを目印にして,どちらの鏡像異性体の構造かを区別できるようにならなければ,役に立たないからである.なお,石英の結晶構造の記述に関する混乱について,最近“Confusion over the description of the quartz structure図1偏光計.(Polarimeter.)2つの偏光プリズムを垂直に配置し,その間に試料をおく.図2石英の結晶構造のc軸投影.(Projections of crystalstructures of quartz along c.)Si原子の配列だけを高さ100を単位として示す.図の左側は右旋性,右側は左旋性であり,上段は高温相,中段は低温相の順設定,下段はその逆設定.[出典:Glazer 7)].270日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)