ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

前田和彦表2 Pb 2Ti 2O 5.4F 1.2とPbTiO 3の比較.(Comparison of Pb 2Ti 2O 5.4F 1.2 and PbTiO 3.)Crystal structureCompoundsBand gap / eVCoordination numberPb-O length / APyrochlorePb 2Ti 2O 5.4F 1.22.472.248PerovskitePbTiO 32.8122.510た.Pb 2Ti 2O 5.4F 1.2は構造内に欠陥を含んだ複雑な構造をとるため,22)妥当な近似モデルを事前に検討し,その結果を元にPb 2Ti 2O 5.4F 1.2の状態密度図を得た.図12には,第一原理計算から抽出したPb 2Ti 2O 5.4F 1.2の模式的なバンド構造を示す.伝導帯の下端は主にTi-3d軌道からなり,そこへPb-6p軌道が混成する.一方の価電子帯の主成分はO-2p軌道で,これにPb-6s/6p軌道の混成が認められ,特にPb-6s軌道の混成は価電子帯の低エネルギー側で顕著だった.価電子帯にこのような特徴をもつ化合物のバンド構造は,Revised lone pair(RLP)モデルによって説明できる.23)このモデルによれば,Pb-6sとO-2pの占有軌道同士が混成することで生じる反結合性軌道と空のPb-6p軌道が相互作用し,安定な結合性軌道を与える(図12).すなわち,見かけ上O-2p軌道が不安定化したことになり,その結果として価電子帯上端が押し上げられ,バンドギャップが縮小する.ここで,同様の解釈が可能な酸化物PbTiO 3と比較すると,表2に示すようにPb 2Ti 2O 5.4F 1.2のバンドギャップは明らかに小さいことがわかり,RLP効果がPb 2Ti 2O 5.4F 1.2においてより強力に発現していることが示唆される.この点は,PbTiO 3とPb 2Ti 2O 5.4F 1.2の結晶構造の違いから説明できる.欠陥パイロクロア型構造のPb 2Ti 2O 5.4F 1.2におけるAサイト(Pbの占有サイト)の配位数は7であり,ペロブスカイト型構造のPbTiO 3のそれ(12)よりも小さい.このことはPb-O結合距離の違いに直結しており,事実としてPb 2Ti 2O 5.4F 1.2における最短Pb-O結合距離は2.248 Aと,PbTiO 3におけるそれ(2.510 A)よりも短い.この特異的に短いPb-O結合がより強力なPb-O軌道間相互作用を誘起し,バンドギャップ縮小に寄与していると考えられる.ここで疑問として残るのは,Pb 2Ti 2O 5.4F 1.2におけるFの役割である.その軌道エネルギーからも明らかなように,Fはバンドギャップ縮小には直接的に関与しない.しかし,Pb 2Ti 2O 5.4F 1.2の酸化物カウンターパートであり同様の欠陥パイロクロア型構造のPb 2Ru 2O 6.5と比較すると,結晶構造内のPb 4O四面体がPb 2Ti 2O 5.4F 1.2においてより小さくなっており,これはF置換によってPb-O/F結合が長くなった事実から説明できる.すなわち,FはRLP効果発現に間接的に寄与していると考えられる.このような複合アニオン化によって新たな安定な結晶構造を生み出し,特に低配位空間を有効活用する手法は,ナローギャップ半導体の創出に有効な手段となるとわれわれは考えている.6.まとめと今後の展望本稿では,複合アニオン化合物の代表的な機能である光触媒作用に関し,水の分解反応に焦点を絞って最近の研究を紹介した.複合アニオン光触媒による水分解反応の研究が始まってから20年近くが経過し,その中で従来の金属酸化物系では不可能とされてきた単一光触媒上での水の可視光完全分解が実証され,活性向上のための手法確立は現在でも重要な研究課題として認識されている.現在までのところ性能面で満足な光触媒の開発には至っていないが,本稿でも取り上げたように,多様なアプローチが世界中の研究グループにより検討されており近年の研究の進展には目を見張るものがある.とりわけ,高度な分光学的手法との連携によって新たな光触媒材料開発の方向性が示されつつあることは特筆に値する.さらには,これまでの主たるターゲットだった水分解反応だけでなく,CO 2還元などの高難度反応への展開も近年活発化している.24)-27)このような研究展開は異分野の研究者同士の交流・融合を必然的にもたらし,光触媒の研究分野の活性化に大きく寄与している.今後の継続的な研究開発により,太陽光エネルギーを化学エネルギーへと効率的に変換できる新しい光触媒が生み出されることが期待できる.謝辞本研究の一部は,JSPS科研費JP16H06441「新学術領域研究:複合アニオン」の助成を受けて行われた.本稿で紹介したドープ型TiO 2光触媒に関する研究は,石谷治教授(東京工業大学),内本喜晴教授(京都大学),内山智貴助教(京都大学),木本浩司博士(物質・材料研究機構),野澤俊介准教授(高エネルギー加速器研究機構),山方啓准教授(豊田工業大学),吉田朋子教授(大阪市立大学)との共同研究成果である.また酸フッ化物に関する成果は,岡研吾助教(中央大学),陰山洋教授(京都大学),本郷研太准教授(北陸先端科学技術大学院大学),前園涼教授(北陸先端科学技術大学院大学)との共同研究において得たものである.この場をお借りして,各先生に御礼申し上げます.文献1)H. Kageyama, K. Hayashi, K. Maeda, J. P. Attfield, Z. Hiroi,J. Rondinelli and K. R. Poeppelmeier: Nature Commun. 9, 772266日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)