ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

八島正知,林克郎,木本浩司六方格子をとるが,例えば定比水酸アパタイトは基本構造が少し歪んだ単斜格子(擬六方格子)をとる.8)本結晶では,(擬)六方格子のc軸に沿ってCa 2+イオンの三角形の連結で形成されるチャネルを有していて,ここに2X-に相当する種々のアニオンが収容される.真空封管による水素化物との固相還元法により,チャネル中にH-を導入することができるが,完全導入は難しく,同時に複数の状態のOH-がアパタイト結晶中に共存する.このような状況では,H-の状態の水素を特定・定量することは困難が予想されるが,上記のNMRの知見から,複数の状態のOH-に起因する「妨害」シグナルを特定し,それらの中から選り分けて低濃度(~10 19 cm-3)のH-の同定が可能であった.24),25)図7種々の酸化物結晶およびガラス中のH+および陽性カチオンに配位したH-の1 H-NMRの等方性化学シフト.(1 H-NMR isotropic chemical shiftsversus H+in various oxide crystals and glasses, and H-coordinated with electropositive cations.)H+については,ホストのO2-イオンと(水素結合先の)最近接のO2-イオン間距離(d O-H…O)に対して,H-については,配位するカチオンMとの距離(d M-H)に対し24てプロットしている.出典)の許可を得て一部改変して掲載.c Nature Publishing Group(2014).が可能である.図7は,さまざまな酸化物でのH-およびH+の1 H核のNMR等方性化学シフトをプロットしたものである.H-については,配位する陽イオンMとの距離d M-Hから化学シフトを推定できる.24)酸化物中で,H+はOH-基を形成し,通常近接するO2-と水素結合を形成している.この水素結合を介した酸素-酸素距離d O-H…Oに化学シフトは依存していることがわかる.DFT計算と併せた解釈によれば,特別な効果がない場合,化学シフトは1 H核近傍の電子密度に起因する磁場遮蔽効果で単純に決定される.H-イオンの場合は1s 2電子の遮蔽効果がそのまま反映され,配位するカチオンや結晶席に依存して,分極率の大きなH-イオンが大きくイオン半径を変化させることに対応している.1)むしろH+の化学シフトの決定要素のほうが複雑であり,形式的に電子を有していない水素自体より,主にOH-イオンの母体の酸素の電子密度に支配されている.24)同一の物質中では,H-およびH+(またはOH-)の熱力学的安定性が,それぞれ反対の平衡酸素分圧および水素分圧依存性をもつことから,各々作り分けることができそうである.しかし一般には,非平衡または高温平衡の理由により,この2つの化学種は共存する.このような状況にあるのが,水素化物還元処理されたアパタイト([Ca 10(PO 4)6]2+・2X-)である.アパタイトの基本構造は5.おわりにX線回折法,中性子回折法,電子顕微鏡法,X線吸収分光法,核磁気共鳴法などによる複合アニオン化合物を中心とした無機材料の結晶構造評価について解説した.X線回折または中性子回折データを用いた構造解析により,結晶構造を精密化できる.中性子回折は,アニオンの構造パラメーターの精密化,同じ席を窒素と酸素原子が両方占有するときの占有率を決めるのに有効である.STEMやEELSなどの電子顕微鏡法は局所領域の結晶構造解析に適しており,ADF像コントラストとシミュレーションから原子番号を推定できるほか,ELNESから価数や配位数などの化学結合状態が解析できる.また,XANES,MAS-NMR法などの手法を用い,場合により回折法で得られる情報と統合することによって,N3-,O2-,F-の識別,H-,OH-の識別といった複合アニオン系で頻出する問題に対して解答を得ることができるほか,局所的な構造や化学環境の情報を得ることができる.謝辞本稿で紹介した研究の一部は,JSPS科学研究費補助金(課題番号JP16H06439,JP16H06440,JP16H06441)の支援を受けて実施されました.ここに感謝申し上げます.文献1)H. Kageyama, K. Hayashi, K. Maeda, J. P. Attfield, Z. Hiroi, J. M.Rondinelli and K. R. Poeppelmeier: Nat. Commun. 9, 772(2018).2)八島正知:セラミックス52, 754(2017).3)K. Hibino, M. Yashima, T. Oshima, K. Fujii and K. Maeda: DaltonTrans., 46, 14947(2017).4)M. Yashima, M. Saito, H. Nakano, T. Takata, K. Ogisu and K.Domen: Chem. Comm. 46, 4704(2010).5)八島正知,齊藤未央:日本結晶学会誌53, 107(2011).6)K. Fujii, K. Shimada and M. Yashima: J. Ceram. Soc. Jpn. 125, 808(2017).7)M. Yashima, K. Ogisu and K. Domen: Acta Crystallogr. B, 64, 291(2008).258日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)