ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

八島正知,林克郎,木本浩司で熱重量(TG)測定を行ったときの重量変化が合致することを確認しておくとよい.3)3.透過電子顕微鏡による構造解析3.1透過電子顕微鏡法の特長透過電子顕微鏡法は実空間を直接観察できる利点をもち,微小領域の構造解析に適している.表界面や複数の結晶相が混在する試料などに有効である.広義の透過電子顕微鏡法には,顕微鏡像や回折図形の観察に加え,電子エネルギー損失分光法(Electron Energy-Loss Spectroscopy, EELS)などの分析手法がある.複合アニオン系材料の評価では,単相合成が困難な物質や薄膜材料,新規の結晶構造の観察などに透過電子顕微鏡が有効である.ここでは新物質の構造解析に役に立つ走査透過電子顕微鏡法(Scanning Transmission ElectronMicroscopy, STEM)による結晶構造観察と,EELSと組み合わせた手法の概要を紹介する.3.2 STEMによる結晶構造の観察近年のSTEM装置では,試料に照射する入射電子プローブ径を原子間隔以下まで収束でき,1 A以下の分解能で結晶構造を観察できる.透過電子のうち高角度に散乱された電子を環状検出器で観察する環状暗視野(Annular Dark-Field, ADF)像観察と,散乱されずに透過した電子を観察する環状明視野(Annular Bright-Field,ABF)像観察などが構造観察に用いられている.図4にSTEMの概念図と観察例を示す.複合アニオン化合物はアニオンやカチオンの組み合わせによって,四面体や八面体などが複雑に組み合わさった結晶構造を有する場合があるが,STEM像ではそれらを直接投影した構造として観察できる.著者らは高速多重計測とドリフト補正10によりSTEM像のSN(signal to noise)比を向上)させるとともに走査像の歪みを低減させた.微弱なドーパントの信号の可視化や,11)ピコメートルオーダーでの原子位置の特定が可能である.12),13)ADF像では原子列は輝点として観察される.電子は原子の静電ポテンシャルにより散乱されるが,高角散乱では原子核による散乱が主となり,散乱強度は原子番号の1.5~2乗にほぼ比例(べき乗則)するので,元素識別能が高い.検出器系の非線形応答などを補正し定量的にADF像を計測し解析すれば,量子ノイズレベルで計測と解析が可能である.14)べき乗則は重元素や低加速電圧条件では成り立たなくなる(第1ボルン近似の破綻)が,位相物体近似を用いたシミュレーションを行うことにより解析できる.15)3.3電子エネルギー損失分光法とSTEMSTEM像の強度から原子番号を特定することは原理的には可能であるが,原子番号が近い元素や,占有率が未知の場合には元素の同定が困難である.弾性散乱・回折現象を基礎とする手法(特に電子やX線)共通の課題であろう.物質と電子との非弾性散乱を用いれば,元素固有の非弾性散乱過程から分析が可能である.われわれはSTEMとEELSを用いて初めて元素ごとに原子列を可視化した.16)一例として(La,Sr)3Mn 2O 7の元素マップを示す(図5).La,O,Mnなどの原子位置が輝点として確認できる.球面収差補正装置や高速高感度の検出器の進歩により,現在では数分程度でマッピングできるようになった.非弾性散乱の局在性で空間分解能は制限され,エネルギー損失の大きなより局在化した内殻励起過程を図4走査透過電子顕微鏡の概念図とSrTiO 3の観察.(Schematic diagram of scanning transmission electronmicroscope and observation of SrTiO 3.)図5 STEM-EELSによる(La,Sr)3Mn 2O 7の観察.(Observation of(La,Sr)3Mn 2O 7 using STEM-EELS.)256日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)