ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

荻野拓図2a~eのような結晶構造を有する,酸化物ペロブスカイト(AE_M_O,AE:アルカリ土類金属,M:遷移金属)と逆蛍石型副アニオン層(M’-X,M’:遷移金属,X:第2アニオン)が積層した一連の化合物が存在する.これらの化合物では,2種類ある層の各層内は基本的に単一アニオン化合物と同等であり,ペロブスカイト層部分ではtolerance factor(t)と呼ばれるイオン半径比(r AE+r O/√2(r M+rO)が1に近いという条件が,逆蛍石型層部分ではイオン半径比則(4配位)から,rM’/r X=0.225~0.414という条件が導かれる.これらを既知化合物であるSr 2ZnCu 2S 2O27)2に当てはめてみると,Sr-Zn-Oのt=0.88,rM’/r X=0.33と,いずれの条件も満たしていることがわかる.またCu-S層,Sr-Zn-O層が積層するためには層間の格子整合が必要となるが,Cu-S層を切り抜いたものと見なせる逆蛍石型のCu 2Sの格子定数は5.6 A(a/√2=3.96 A),Sr-Zn-O層については,完全に対応する酸化物ペロブスカイトは存在しないが,Sr,Znを含む酸化物ペロブスカイトのa軸長が3.86~3.96 A程度であることから,十分に格子整合条件も満たすことがわかる.一方でChがSe,Teと大きくなるにつれ格子整合条件から外れていき,Ch=TeであるSr 2ZnCu 2Te 2O 2の合成には高圧力が必要となる.14)ここで興味深いのは,Cu-Te間には,逆蛍石型のCu 2Teは存在せず,Sr-Zn-O層と積層させることで初めてCu-Teの組み合わせでも逆蛍石型構造が安定化する.すなわち薄膜における格子歪みと同等の効果が層状構造によって実現されていることになる.なお,酸化物ではtは0.7<t<0.9が歪んだペロブスカイト,0.9<t<1.0で立方晶ペロブスカイトとなることが知られている.一方層状複合アニオンペロブスカイトでは,図3のように,tは0.9<t<1.0の狭い範囲に限られる.これは異なる層との積層のためab面方向の歪みに制約がかtolerance factor t図310.950.9AE = CaAE = BaAE = SrAEMrrA+ r X2M+ rM = TMM = RE0.60.70.80.9ionic radii of M (C.N. = 6) / AXO1.0層状複合アニオンペロブスカイトAE-M-M’-X-Oの生成相とペロブスカイト層のtolerance factor TM:3d遷移金属,RE:希土類.(Tolerance factor andionic radii of M for layered mixed anion perovskitesAE-M-M’-X-O TM:3d transition metal elements,RE:rare earths.)かり,単純酸化物で見られるような8面体の回転に制限がかかるためと考えられる.複合アニオンペロブスカイトは最低でも4元系以上の多元化合物で,アニオン・カチオン双方をそれぞれ2種類以上含んでいる.これらの元素の各層への分配には,28酸塩基反応におけるHSAB則)と同様の選択性が働く.各々のカチオン・アニオンを酸・塩基に見立てると,Chemical hardnessと呼ばれる指標から,酸素・フッ素などのアニオンは硬い塩基,ヒ素や硫黄などのアニオンは軟らかい塩基に相当し,硬い酸(カチオン)ほど硬い塩基(アニオン)と,軟らかい酸ほど柔らかい塩基との結合を形成する傾向があるため,これが構成元素を制約する要因となる.一方,相が生成するためには,合成環境下ですべての構成元素が目的物質の価数を取る必要がある,層状複合アニオンペロブスカイトは多元系で,かつ閉鎖環境下であることから,この条件も強い制約になる.遷移金属の価数は雰囲気と温度に大きく依存するため,元素の組み合わせが限られること,生成条件が狭いことを意味する.一方,複数の層が介在することで,単一アニオン化合物とは必要な価数が異なることも重要な要素である.ペロブスカイト酸化物は組成式ABO 3で,一般にBサイトは価数が大きい小さなカチオンが占有する.一方層状複合アニオンペロブスカイトでは複数の層が積層することで必要な価数が変化し,Aサイトにサイズの大きいアルカリ金属やアルカリ土類金属を用いることで,希土類のような比較的大きなカチオンがBサイトが占めることも可能である.29)4.3層状複合アニオンペロブスカイトの合成と機能層状複合アニオンペロブスカイトに属する化合物は100種類以上の物質が知られているが,ペロブスカイト酸化物層とFe-As層などの副アニオン層の種類で分類すると表2のようにまとめられる.この表からは,Sr-Mn-O,Sr-Sc-Oなどの酸化物層は多種の副アニオン層との組み合わせで層が生成することがわかる.これは,これらのペロブスカイト層が前述のHSAB則・価数の条件をほとんどの場合で容易に満たせることに由来する.また副アニオン層がCu-S,Cu-Se,Ag-Seの場合には,ペロブスカイト層部分の遷移金属の組み合わせが多岐にわたっているが,これも同様の理由による.Fe-As層の場合も非常に多種のペロブスカイト層との組み合わせで相が生成しているが,後述のようにこれはFe-As層をもつ化合物の特殊性によるところが大きい.また,この表を精査すると,いまだかなりの部分で物質探索が可能な領域があることも見てとれる.層状複合アニオンペロブスカイトは,イオン結合性の強いペロブスカイト酸化物層と共有結合性の強いM’X層との積層からなり,多くの場合電子構造にはM’X層由来のバンドの寄与が大きく,物性はM’X層の元素種に250日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)