ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

荻野拓と,LaSrCoO 3H 0.7(図1d)7)のように,H-とO2-がそれぞれが異なるサイトを占める場合(秩序型)が存在する.周期表第2周期までのH-,N3-,O2-,F-は,形式酸化数が異なるものの,いずれもアニオンの中でも比較的電気陰性度やイオン半径が近い元素であり,化合物によって秩序型・無秩序型の場合が存在する.またLaOFのように,温度・圧力によりOとFの秩序-無秩序配列の相転移が存在するものもある.8)一方,第3周期以降のアニオンが介在する場合は,前述のS 2--Se 2--Te 2-のような同族元素の組み合わせを除きほとんどの場合秩序配列する.特に第2周期元素との組み合わせは電気陰性度差が大きく,多くの場合NとP,OとSなど同族元素同士であっても秩序配列する.例外的に,As 3-Se 2-,9)Te 2--I-10)などでごく一部相互固溶する化合物が存在する.3.複合アニオン化合物の合成手法一口に複合アニオン化合物と言っても,その化学組成や結晶構造は非常に幅広く,化合物によって合成手法は大きく異なる.ここではいくつかの特徴的な例に絞って代表的な合成手法を紹介する.3.1固相反応法複合アニオン化合物の合成方法でも最も広く用いられているのは,通常のセラミックスと同様に一般的な固相反応法である.酸化物,フッ化物,塩化物などの各原料を乳鉢などで混合し,高温で反応させることにより相が生成する.大気中では電気陰性度の大きい酸素の化学ポテンシャルが非常に高いこと,また前述のようにアニオン相互の蒸気圧が大きく異なることから,一部の酸フッ化物や酸塩化物などの例外を除き,雰囲気制御下での合成,もしくは封管中など閉鎖環境での合成が必要となる.この場合,アニオンの含有量およびそれらの比率,酸化還元条件を必ずしも自由に選択できないことには注意が必要である.例えば酸窒化物を合成する場合,N 2の低い反応性のため多くの場合アンモニアガス気流中での焼成が用いられる.11)この場合には高温かつ強い還元雰囲気下での合成であり,必然的に元素の選択および生成相に制約が生じる.最近では,C 3N 4や尿素,(C 6N 9H 3)nといった固体窒素源を用いることで酸窒化物が合成できることが報告されており,12),13)窒素量の精密制御,反応温度の低温下や大量合成など今後の展開が期待される.3.2高圧力下合成高圧下ではイオンが圧縮されるが,相対的にイオン半径の大きなイオンの圧縮率が高いことが知られている.イオン半径の大きなアニオンは高圧力下における圧縮率が大きく,固相反応を高圧力下で行うことで,常圧と異なる格子整合条件の化合物が生成し,常圧安定相であれば,ダイヤモンドなどと同様に急冷回収することで相を得ることができる.例えばS 2-(1.84 A,6配位)とTe 2-(2.21 A,6配位)は常圧下で約20%イオン半径が異なるが,高圧を用いることで,Sr 2ZnCu 2Ch 2O 2(Ch=S,Se,Te)の組成式をもつ同一構造の化合物を合成することが可能である.14)高圧合成は,圧力下での合成であるだけでなく,常圧下よりも反応性が高く,また閉鎖環境であることから揮発性元素の閉じ込めの観点からも有利であり,酸フッ化物,酸水素化物,酸窒化物などを原料から直接合成することが可能である.15)複合アニオン化合物合成における高圧合成の適用例はまだそれほど多くなく,今後も新物質合成のツールとして非常に有用であると考えられる.3.4トポケミカル合成固相反応法が合成環境下における熱力学的安定相を生成するのに対し,高温で合成した母相に対し,第2段階で低温下で酸化剤や還元剤などと反応させることで,準安定相を生成させる手法は一般にトポケミカル反応と呼ばれる.低温で反応させることで母体の基本構造を損なわずに新たな元素の挿入・置換が行えることから,母体と異なるアニオンを付加することでさまざまな複合アニオン化合物の合成が可能である.トポケミカル反応による複合アニオン化合物の合成例としては,Ruddlesden-Popper型ぺロブスカイト類縁物質のSr 2CuO 3のフッ化(Sr 2CuO 3+CuF 2→SrCuO 2F 2+δ+CuO)により銅酸化物高温超伝導体SrCuO 2F 2+δが生成すること16)から注目を集め,その後Ruddlesden-Popper型ぺロブスカイトを中心にF2ガス,XeF2,CuF2,PVDF(poly(vinylidene fluoride))など,気体・固体を使ったさまざまな手法により酸フッ化物が形成されることが明らかとなっている.これらの反応は酸化・還元性の点でバリエーションに富んでおり,岩塩層間に新たにフッ素層が導入されることにより酸化的にフッ化が進行する反応(LaSrMnO 4+0.85 F 2→LaSrMnO 4F 1.7),17)酸素サイトがフッ素置換されることで還元的にフッ化が進行する反応(Sr 3Fe 2O 6.82+0.39PTFE(-(C 2F 4)-)→Sr 3Fe 2O 5.44F 1.56+0.69 CO 2↑+0.09 C),18)フッ素層の導入と酸素サイトのフッ素置換が同時に起こり,酸化還元反応を伴わない反応(Sr 2TiO 4+CuF 2→Sr 2TiO 3F 2+CuO)19)などが報告されている.類似した母物質に対しフッ化剤を適用した場合でも,酸化還元を伴わない場合(Sr 2RuO 4+PVDF(-(C 2H 2F 2)-)+2.5O 2→Sr 2RuO 3F 2+2CO 2↑+H 2O↑)20)と酸化反応を伴う場合(Sr 3Ru 2O 7+CuF 2→Sr 3Ru 2O 7F 2+CuO)21)が存在するなど,反応機構は必ずしも明確になっていない.一方RbやCsなどイオン半径の大きなカチオンの層をもつDion-Jacobson型酸化物では,遷移金属塩化物とのイオン交換反応(RbLaNb 2O 7+CuCl 2→(CuCl)LaNb 2O 7+RbCl)により酸塩化物(CuCl)LaNb 2O 7の合成が報告されている.22)酸化物にアルカリ金属やアルカリ土類金属の水素化物を作248日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)