ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

日本結晶学会誌60,246-253(2018)ミニ特集複合アニオン化合物の魅力新規複合アニオン化合物の創製産業技術総合研究所荻野拓Hiraku OGINO:Development of New Mixed Anion CompoundsThe compounds containing multiple anions, so-called mixed anion compounds, has recentlybegun to be considered as a new frontier of the solid-state chemistry owing to the discovery of severalfunctionalities in these compounds. However, because of the several specific restrictions of thesystem, synthesis of the mixed anion compounds is generally difficult and needs different approachcompared to usual inorganic compounds such as oxides or fluorides. In this report the features of themixed anion compounds and the effects for their synthesis, as well as recent our study of developmentof layered mixed anion compounds are summarized.1.緒言複合アニオン化合物とは,単一化合物中に複数のアニオンを含む物質群であり,存在は古くから知られているものの,酸化物やフッ化物といった一種のアニオンのみを含む化合物と比較すると物質の数は圧倒的に少ない.例えば無機化合物のデータベースとしてよく知られるICSDデータベース1)では50,000種以上の酸化物が収録されているのに対し,酸フッ化物・酸窒化物・酸水素化物などの酸素を含む複合アニオン化合物は,合計しても3,000種以下である.2)複合アニオン化合物はより多元系であり,元素選択の自由度が高いことも考慮すると,これは複合アニオン化合物合成の困難さ,探索手法の未確立を端的に示している.大気中には酸化性の強い酸素が多量に含まれることから一般に安定な無機化合物の形態は酸化物であり,複合アニオン化合物は自然界にはほとんど存在せず,大気中での合成が可能なものも数少ない.一方,近年蛍光体,誘電体,超伝導体,ヒドリド(H-)伝導体などさまざまな機能性をもつ複合アニオン化合物が見出され,無機化合物における新たなフロンティアとして注目を集めている.本稿では,アニオンおよび複合アニオン化合物の一般的な特徴と合成の現状,および最近筆者らが行っている層状の複合アニオン化合物の設計と合成について報告する.2.複合アニオン化合物の合成上の特徴2.1カチオンと比較したアニオンの特徴厳密な定義は存在しないものの,無機化合物において通常アニオンとなるのは窒素およびカルコゲン(16族),ハロゲン(17族)であり,化合物によっては水素および14族・15族元素もアニオンとなりうる(13族元素もアニオンとみなせる場合もある).これらアニオンは周期表の右側を占め,カチオンから電子を受容することにより希ガスと同様の電子配置を取る.一見すると電子を放出して希ガス配置となるカチオンとは正負が逆転しているだけにも見えるが,いくつかの大きな違いが存在する.違いの1つはカチオンにおける遷移金属や希土類元素のような,性質が非常に類似した元素群がアニオンには存在しないことである.これは(n-1)d,(n-2)f軌道とns,np軌道の埋まる順序と原子核からの距離の不一致に由来しており,遷移金属元素では6個電子を受容できるp軌道をすべて埋めるよりも,最高でも2個の4s電子を放出するほうがエネルギー的に安定であることによる.これにより端的に言えばアニオンはカチオンより種類が少なく,相互の性質の違いが大きい.イオンの性質を特徴づける指標にはイオン半径,形式価数,電気陰性度,分極率などが挙げられるが,表1に主要なアニオンの値を示すように,これらすべてが類似したアニオンの組み合わせはカチオンより圧倒的に少ない.無機化合物においてカチオンの全率固溶はさまざまな化合物で見られるが,異なるアニオン間で全率固溶するのはCl--Br--I-などの同族元素,および一部の化合物におけるF--H-などごく限られた組み合わせのみである.もう1つの違いは結合性であり,金属単体が金属結合であるのに対し,電気陰性度が高いことから,アニオン同士の結合は共有結合となり,特に周期表第2周期までのアニオンは容易に二原子分子を形成する.沸点が非常に低く蒸気圧が高いことから,実験条件によっては容易に揮発する.それ以外のアニオンとなりうる元素も単体の平衡蒸気圧は一般に金属より高く,さらにそれぞれが異なった値をもつ.また化合物によってはアニオン同士が部分的に共有結合した(O2)2-,(P 2)4-などのポリアニオンを形成する.カチオンとの全般的なイオン半径の違いも見逃せな246日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)