ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

竹入史隆,陰山洋図6窒化反応においてアニオン欠損が生成物組成に及ぼす影響.(Impact of anion vacancies on the N 3-/O 2-exchange reaction)の研究を通じてアニオン(+欠損)拡散といった速度論的な因子もまた,生成物の組成に大きく影響を与えることが見えてきた.4.4窒化反応におけるアニオン欠損の有無と生成物4.2で述べたヒドリドの交換活性(lability)はEuTiO 2.82H 0.18を出発とした反応においても進行し,最終的には定比の酸窒化物Eu 3+Ti 4+O 2Nが得られる.21)これはBa系の反応をEu系に適用しただけに見えるが,その過程を詳しく追跡してみると非常に興味深い事実が明らかとなった.この反応を段階的に見てみると,まず400℃でのNH 3窒化によって4.2と同様の窒素-ヒドリド交換反応が起こり,EuTiO 2.82N 0.1□0.08(□はアニオン欠損)が得られ,続いて800℃での窒化によって窒素-酸素交換反応が進行し最終生成物EuTiO 2Nが得られる(図6).一方,酸化物EuTiO 3を出発物質としても窒素-酸素交換反応はある程度進行するものの,最も窒化反応が進んだ試料でもその組成はEuTiO 2.25N 0.75であり,定比組成は得られない.この違いは,EuTiO 2.82N 0.1□0.08に存在するわずか2%強のアニオン欠損が窒素-酸素交換反応に大きな役割を果たしていることを示唆している.すなわち,4.3で指摘した速度論的な要素の寄与はCaH 2還元反応(ヒドリド-酸素交換反応)に限らず,トポケミカルなアニオン交換による複合アニオン化合物合成に普遍的に顕在化する可能性がある.これらの知見がさらなる物質開発に活かされることを期待している.5.今後の展望複合アニオン化合物は次世代の新材料として大きく期待されるが,その開発は世界的に見てもまさに緒についたばかりである.今後の本領域の研究を大きく飛躍させるには,以下に挙げる3つの壁を乗り越えなければならないと考えている.第1は,合成法の未熟さである.カチオンと比較してアニオンは周期表で近い元素であっても化学特性が大きく異なるため,そのノウハウを複合アニオン化合物に対してそのまま当てはめられないことが多い.これまでの無機材料の合成は酸化物・フッ化物・窒化物などの各専門家がそれぞれに発展させてきたものであるが,それらを複合アニオンという旗印のもとに体系化し上位概念の構築することは,非常に有益である.本稿で紹介したアニオン交換のほかにも高圧合成による物質開発は目覚ましく成果をあげているほか,最近では複合アニオン化合物の単結晶報告も増えつつある.22),23)それらの継続的な発展と,合成に関する系統的理解が求められる.第2に,解析の困難さが挙げられる.例えば,通常のX線回折では,酸水素化物中のヒドリドは同定できず,また,窒素・酸素・フッ素の判別は不可能である.つまり,通常の分析手法だけでは満足な構造・組成決定ができないことも多い.一方,最近の測定・解析技術の進歩は目覚ましく,これらを複合アニオン化合物に適用しない手はない.局所配位情報の取得では固体NMR法は強力な手法である.本特集の執筆者の一人である林は,NMRによって固体中に含まれるH-とH+の判別と定量が化学シフト変化から可能であることを明らかにした.24)TEM-EELSによる軽元素マッピングや反跳原子検出法(ERDA)による組成分析などといった技術の積極的な活用にも期待したい.第3は,複合アニオン化合物に携わっている各研究者の分野がバラバラであることである.これは無機材料科学が出口によって細分化,縦割り化されている弊害ともいえる.さまざまな分野において,既存材料の組成・形態制御に限界が見えつつある現在,先の2つの壁を乗り越えるには関連研究者が手を取り合う機会が肝要であろう.筆者(陰山)を領域代表とする新学術領域「複合アニオン化合物の創製と新機能」は2016年度に採択され,現在中間地点にある.領域内での共著論文もすでに多く出版されているが,目に見えるかたちの成果以上に,これまで互いに接点のなかった異分野の研究者同志の“化学結合”ができつつあることに手応えを感じている.“More is Different”をモットーに現時点では目には見えない数多の種が残りの2年間で太くたくましく育ち,その先に大きな果実をつけることを願って筆を置きたい.謝辞本稿で紹介した研究は,主にJSPS科研費新学術領域研究(JP16H 06438,JP16H 06439),CREST研究(JPMJCR 1421),最先端研究開発支援プログラムの支援を受けた.文献1)H. Kageyama, et al.: Nat.commun. 9, 772(2018).2)M. Yang, et al.: Nat. Chem. 3, 47(2011).244日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)