ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

複合アニオン化合物の研究の魅力酸化物で見られるものと同等である.4.2ヒドリドの交換活性BaTiO 2.4H 0.6の特筆すべき特徴として挙げられるのが,重水素(D2)ガス流中で昇温した際に400℃で同位体交換反応が進行しBaTiO 2.4D 0.6へ変換されることである.この「交換反応」は,ペロブスカイト骨格を形成するアニオン副格子において,ヒドリドが低温でも十分に拡散して化学平衡組成に達していることを示している.これを局所配位に着目してみたのが図4であり,TiO 5H八面体からTiO 5D八面体への変換は,ヒドリドがあたかも交換活性のある配位子(labile ligand)であるように振舞っていることがわかる.錯体化学ではlabile ligandを反応起点とした配位子交換反応によって物質合成がなされていることから,筆者らは無機固体結晶においても同様の戦略が使えないかと考えて,ヒドリドからさまざまなアニオン種への変換を試みた.結果としては図4にまとめたとおり,この戦略は筆者らの予想を超えてうまく進むことがわかった.例えばBaTiO 2.4H 0.6とNH 3ガスとの反応は350℃程度で進行し,酸窒化物BaTiO 2.4N 0.4が得られた.13)この反応は酸化反応であり,得られたd 0酸窒化物は室温で強誘電性を示す.通常,酸窒化物の合成には1000℃程度の高温でのNH 3ガス処理が必要であるが,酸水素化物を前駆体として用いることによって,はるかに低い温度での窒化反応が可能となった.のちに,N 2を用いてもまったく同様の生成物(BaTiO 2.4N 0.4)が得られることも明らかとなった.14)これは,ヒドリドの強い塩基性が窒素分子の三重結合を開裂できることを示しており,NH 3合成触媒としても優れた特性を示す.15)またNH 4Fとの反応により,BaTiO 2.4H 0.6からBaTiO 2.4H 0.3F 0.3,さらにはNaOMe水溶液との反応でBaTiO 2.4H 0.3(OH)0.3への変換にも成功している.最終物質ではH+とH-が共存するという,「不安定な水素」状態が結晶中で実現されている.有機化学分野で近年注目されているfrustrated Lewis pairがその嵩高い置換基によって酸と塩基の共存を許容されている16)のに対し,本系では通常のペロブスカイト構造でそれを実現している点でその特異性は際立っており,同時にアニオン交換反応の強力さを物語っているともいえる.4.3 CaH 2還元反応における速度因子の寄与チタン酸水素化物を合成する式(2)の反応はBa以外の17), 18)Aカチオン(A=Sr,Ca,Eu)の場合も同様に進行する.しかしそのヒドリド量x(ATiO 3-xH x)を決定する因子は自明ではなく,例えばA=Srの場合の生成物はSrTiO 2.8H 0.2であり,BaTiO 2.4H 0.6に比べてヒドリド量が明らかに少ない.この傾向は電気的陽性なカチオンのほうがヒドリドの(H-1s軌道の)安定化に有利となることを示唆する一方で,イオン半径に起因するヒドリド拡散のボトルネックサイズの大小を反映しているのかもしれない.このような背景のもと,われわれはSrTiO 3中のTi 4+をSc 3+で部分的置換により酸素欠損を導入したSr(Ti 1-ySc y)O 3-y/2□y/2(y ? 0.1,□はアニオン欠損)を前駆体としてCaH 2還元処理を施した(図5).19)これは,Zr 1-xY xO 2-x/2(YSZ)やLa 1-xSr xGa 1-yMg yO 3-δ(LSGM)といった酸化物イオン導電体を参考とし,アニオン拡散能とアニオン交換反応の相関を検討したものである.その結果,いずれの試料においてもヒドリド-酸素交換反応が進行し,酸水素化物Sr(Ti 1-ySc y)(O 3-x-y/2H x)が得られた.注目すべきはその交換量である.y=0.1においては,前駆体における欠損量はアニオンサイトの2%にも満たないにもかかわらず,ヒドリド置換量はy=0に比べて2倍以上増加している.この結果は,チタン酸水素化物の生成に際して,アニオン拡散性がヒドリド置換量に顕著に反映されることを示唆している.また,LaTiO 2NとSrTiO 3との固溶体La ySr 1-yTiO 3-yN y(0 ? y ? 1)をCaH 2還元した結果も関係がありそうである.20)この系では,わずかな窒素量yでもヒドリド-酸素交換反応が劇的に抑制され,その量が10%に達すると,反応が完全に進行しなくなることを見出した.酸化物イオンやヒドリドと比べ拡散能が低いと考えられる三価の窒化物イオンがアニオン交換反応を抑制していると考えられる.イオン交換反応をはじめ無機固体合成では熱力学的な因子が支配的であることが大半であるが,これら図4酸水素化物を前駆体に用いたアニオン交換反応.(Anion exchange reactions by use of“labile hydrides”.)日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)図5前駆体酸化物へのアニオン欠損導入によるヒドリド-酸素交換反応の促進.(Promoted hydride/oxideexchange by introduction of anion vacancies.)243