ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

竹入史隆,陰山洋すでに実用化されているサイアロン蛍光体3)をはじめ,4酸フッ化物)や酸水素化物5)を含めた複合アニオン化合物が,有力なホスト材料探索の場となっている.一方で(錯体分子では見られない)凝縮系のバンド構造においても,アニオンの規則配列による次元性の低下(図1g)や価電子帯上端(Valence Band Maximum;VBM)の上昇(図1b)をもたらす点も注目に値する.前者の代表例といえるβ-HfNClは,共有結合性のHf-N層がイオン性のCl層によって挟まれた積層構造をとり,Liのインターカレーションによって25.5 K以下で超伝導が発現する.6)後者はSrTaO 2Nなどの酸窒化物が可視光応答型の光触媒としてはたらくことが有名であるが,7)最近では酸フッ8化物)や酸塩化物9)といった酸ハロゲン化物において非従来型のバンドギャップ縮小も報告されており,さらなる展開が期待される.少々駆け足での紹介となったが,これらは複合アニオン化効果の一端である.最近では電極材料においてもアニオンレドックスの効果が指摘されており,10)今後もアニオン化学に基づく新奇な状態や機能はさまざまな領域で現れるだろう.読者が普段扱っている物質も,複合アニオンという観点から眺めると,新たな発見があるかもしれない.4.イオン交換を駆使した複合アニオン化合物の合成4.1低温トポケミカル反応上述した複合アニオン化合物の特徴を機能として引き出すために重要となるのが化学結合の制御である.異なる電気陰性度をもつ複数のアニオンを利用することで結合性(イオン性や共有結合性)を自在に設計することができれば,さまざまな機能の創発が可能となるだろう.しかしながら,そのアニオン種間の異なる性質ゆえに,複合アニオン化合物の合成は困難である.現在の無機材料の大半を酸化物が占めるのは,地球の大気が主に反応性酸素(および不活性窒素)を含有するという事実に起因する.無機固体は一般的に,“heat & beat”(または“shake & bake”)とよばれる(揶揄される?)大気中での高温焼成によって合成される.この方法で複合アニオン化合物を合成できることもあるが(例えば,LaCl 3+0.5O 2→LaOCl+Cl 2),多くの場合は前駆体(塩化物,水素化物など)からアニオン種がガスとして失われたり,あるいはその安定性が非常に高かったりする(窒化物など)ため,結果として単一アニオン化合物しか得られない.このようなアニオン種間の反応性の差は合成にとって大きな問題となっているが,逆にこれを利用できるのが低温トポケミカル反応である.以下ではいくつかの低温トポケミカル反応を紹介し,その反応に潜む要素を議論したい.酸化物中での水素は,ほぼプロトン(H+;水酸化物イ図3低温トポケミカル反応による(a)LaSrCoO3H0.7(b)BaTiO 3-xH xの合成.(Syntheses of oxyhydrides by lowtemperaturetopochemical reactions.)生成物中の青玉がヒドリド(H-).編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.オンまたは水)として存在する.しかし,水素は両性イオンでありヒドリド(H-)の状態も取りうる.ヒドリドが酸化物中に存在する物質を酸水素化物と称するが,ヒドリドの酸化還元電位(-2.25 V vs. SHE)を考えると,典型元素や希土類といった還元に対して安定な金属でなければ安定化はされないと考えられていた.しかし2002年にRosseinskyらは,CaH 2を用いた低温トポケミカル反応によって層状ペロブスカイト酸化物LaSrCoO 4を酸水素化物LaSrCoO 3H 0.7に変換することに成功した(図3a).11)反応式は,LaSrCoO 4+CaH 2→LaSrCoO 3H 0.7+CaO+0.65H 2(1)である.この反応では,ペロブスカイト構造の骨格が(低温であるため)壊れることなく,酸化物イオンの一部がヒドリドと置換されており,アニオンのみが反応に参加しているように見える.しかしながら,水素化物による還元反応は強力で,生成物のCoの価数は+1.7と異常に小さい.このような異常低原子価を含む酸水素化物が安定化された背景には,H-1s軌道とCo-3d(eg)軌道の間の強いσ結合がある.筆者らは2012年に,ペロブスカイト型酸化物BaTiO 3に対して同様のCaH 2処理を施すことで,2例目となる遷移金属酸水素化物BaTiO 2.4H 0.6の合成に成功した.12)反応式は,BaTiO 3+0.6CaH 2→BaTiO 2.4H 0.6+CaO+0.3H 2(2)となる.前駆体のBaTiO 3粉末は白色であるが,還元により濃青色に変化する.これは反応によって,電子がTi-3d(t 2g)からなる伝導帯に導入されたことに由来するものであり,実際にBaTiO 2.4H 0.6は優れた電気伝導性を示す.Tiの価数は3.4+であり,上述のコバルト系とは異なり,242日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)