ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No5-6

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概要

日本結晶学会誌Vol60No5-6

日本結晶学会誌60,230-232(2018)最近の研究動向低温電子顕微鏡による単粒子解析法の最前線MRC分子生物学研究所中根崇智Takanori NAKANE: Recent Developments of Single Particle Analysis with CryoelectronMicroscopy低温電子顕微鏡(クライオ電顕)による単粒子解析法は目覚ましい発展をみせ,執筆時点での最高分解能は1.62 Aに到達した(図1).そこには測定機器と解析手法双方の技術革新が不可欠であった1)が,本稿では後者について説明する.とくに筆者が開発に従事しているデータ解析プログラムRELIONは最新版3.0 2)を公開したところなので,その新機能を中心に紹介する.RELIONは単粒子解析法のためのパッケージであり,外部プログラムと連携しつつ,動画から始めて三次元再構成を得るまでの一連の処理を行える.経験ベイズ法に基づくアルゴリズムを採用して恣意的な設定項目を減らしているのが特徴であり,GPUを用いることで比較的安価な計算機でも高速な処理が可能である.理論や実装の詳細は文献2)とそこから引用されている関連文献を参照されたい.1.コントラスト伝達関数(CTF)係数の精密化未染色生体高分子のクライオ電顕単粒子解析法では,試料を透過して直進する波と試料によって散乱された波がレンズの作用で再び統合され,干渉することで検出器上に像を形成する.この際,焦点外し(デフォーカス)やレンズの収差の影響により,試料上の一点に由来する波は検出器上の一点に結像せず,一定の広がりをもつ.実空間での点拡がり関数を逆空間で表現したものがCTFであり,周波数依存的に強度を変調したり,位相を反転図1Danevらによるマウス由来アポフェリチンの1.62 Aマップ(EMD-9599).(1.62 A map of apoferritin.)させたりする作用をもつ.構造解析にあたっては,CTFを推定して,その作用を除去する必要がある.CTFは,電子の加速電圧や光学系の球面収差係数といったデータセット内で共通の係数に加え,焦点外し量や非点収差や位相板による位相ずれ量といった画像ごとに異なる係数に依存する.顕微鏡画像の二次元パワースペクトルにはThon環と呼ばれる同心円状の模様が観察され,これはCTFの絶対値の二乗に比例する.したがってThon環からCTF係数を推定することが可能である.このように,従来は焦点外し量などのCTF係数を画像ごとに決定するのが一般的だった.しかし試料グリッドは電子ビームに対して完全には垂直でないから,視野の中でも場所によって深度が異なる.粒子の方位に偏りが出やすい試料では,意図的にグリッドを傾斜することもある.また,粒子が包埋されている氷には厚みがあるから,近隣粒子でも深さはまちまちである.そのため,粒子ごとに焦点外し量を決定することが理想的だ.RELION3では,リファレンスの投影と粒子像を比較することで,粒子ごとにCTF係数を精密化できる.各々の粒子は多くの雑音を含むが,リファレンスの情報を用いることでThon環だけを使う推定法よりも正確な値を決定できる.電子ビームがレンズ系の光軸から傾斜していると周波数依存的な位相ずれを引きおこす.位相ずれは180度とは限らないので,CTFはもはや実数でなくなり,複素数となる.3)RELION 3ではその効果も精密化して補正できるようになった.Thon環はCTFの絶対値の二乗なのでCTFの位相ズレは検出できない.ビーム傾斜の精密化には,リファレンスとの比較が不可欠である.この機能を応用すれば,電子ビームを意図的に傾けてデータを撮ることで高速データ収集を行うことが可能である.従来は試料グリッドのホールごとにステージを移動して撮影していたが,数μm離れた隣のホールまでビームシフトとイメージシフトを用いて光学的に移動することで,1時間に200枚近い高速撮影が可能となる.RELIONの次期バージョンでは,「三つ葉」(trefoil)など,より高次の収差の精密化と補正も実装予定である.230日本結晶学会誌第60巻第5・6号(2018)