ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

キラルらせん磁性体CsCuCl 3の結晶学的・磁気的キラリティーの検証(a)図2(b)0.5 mm 0.5 mmCsCuCl 3の(a)従来の結晶育成手法で育成したラセミ双晶結晶および(b)撹拌法で育成したホモキラル結晶.22)(Photographs of single crystalline CsCuCl 3obtained by crystallization(a)without stirring(conventional method)and(b)with stirring.)溶液の撹拌を行った場合,撹拌に伴う水流によってほかの結晶核と結合することなく結晶育成するため,試料表面が平らになり,CsCuCl 3の結晶構造キラリティーが単一のまま保持されたと考えられる.しかし,撹拌法において結晶サイズがmmオーダーを超えると,結晶がその自重によってビーカーの底に沈んで動かなくなってしまう.その結果,ほかの結晶との結合が開始されラセミ双晶が生成されるようになる.より大型のホモキラル結晶を育成するため,撹拌法で得られたホモキラル結晶を種結晶として飽和水溶液中に静置させて結晶成長を行った.20)結晶成長に伴い,種結晶の周りにも多くの結晶が新たに析出するが,これらの結晶が種結晶と結合しないように常時監視し,根気よく取り除き続けながら結晶育成を行った.1ヶ月程度の育成により10~15 mm程度まで結晶を大型化することに成功した.この結晶は単結晶X線回折測定を行うには大きすぎるため,そのままの大きさで結晶キラリティーを評価することができない.そこで,単結晶の両端の先端部を数カ所切り取り,その小片を評価した.これらのすべての結晶片において結晶構造キラリティーは種結晶のキラリティーと一致したため,大型ホモキラル結晶が育成できたと考えられる.2.2円偏光共鳴マイクロX線回折測定X線で結晶キラリティーを決定するためには,絶対構造解析によりFlack parameterを決定する必要がある.よって,試料サイズがビーム径より小さい微小結晶に対して,できるだけ多くの回折面の強度を観測することが求められる.試料に重い原子が含まれている場合には,X線の結晶試料への侵入長は非常に浅いため,X線回折で得られる回折強度は,あくまでも試料表面の情報しか含まれておらず,試料内部の結晶キラリティーの情報を得ることはできない.一方,中性子線は試料内部まで良く透過するため,中性子回折測定で得られる回折強度は試料内部の情報も含まれている.よって,試料内部の結晶キラリティーも評価し,ホモキラルであることを事前に確認する必要がある.Dmitrienkoは,円偏光X線を用いたATS(anisotropic日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)tensor susceptibility)散乱を観測することで結晶キラリティーの決定が可能であることを定式化した.23)具体的には,ある1つの回折面の右円偏光X線と左円偏光X線の回折強度比を観測することで結晶キラリティーの決定が可能となる.田中らは,キラルな結晶構造を有するα-水晶を用いた円偏光共鳴X線回折測定により実験的に検証可能であることを初めて示した.24)同手法がCsCuCl 3にも適用できることはわれわれのグループによって立証されている.本物質の(0 0 l)面における消滅則は,(0 0 6n)であるが,円偏光共鳴X線回折法で結晶キラリティーを決定するためには,(0 0 6n-2)もしくは(0 0 6n+2)の回折強度を評価すればよい.18)I RCPおよびI LCPを右円偏光X線と左円偏光X線による回折強度とし,反転比Rχcrystを,IRCP? ILCPRχcryst=(1)I + IRCPLCPと定義する.X線が照射された部分の右結晶および左結晶のドメインの体積分率をそれぞれΦ(P6 122)およびΦ(P6 522)とすると,(0 0 6n+2)面における反転比は,2sinθRχcryst= ? ??Φ( P622) ? ( P6 22)? ?1 +2 1Φ5(2)sinθで求められるため,反転比を観測することにより,右結晶および左結晶のドメインの体積分率を決定することができる.さらに,円偏光X線のマイクロビームの利用により走査型顕微観察を行うことで,試料表面の結晶キラリティーの実空間観察が可能となる.19)そこで,撹拌法で育成した単結晶で,X線による絶対構造解析で空間群P6 122と決定された右手系の結晶の中央部を破断し,破断したc面の結晶キラリティードメイン観察を行った.これにより,単結晶試料の内部の結晶キラリティーを評価した.図3に破断面における結晶キラリティーの実空間分布の観測結果を示す.試料の凹凸により回折強度が大きく変化するため,右円偏光X線におけるピーク強度とバックグラウンド強度比が1以上の領域の反転比を評価した.図3においては,破線で囲まれた領域に対応する.評価対象の全領域において,反転比は負の値を示し,P6 122の右手系結晶のドメインのみで構成されていることが判明した.つまり,結晶表面だけでなく,試料内部も同じ結晶キラリティードメインによって構成されていると考えられる.2.3非偏極中性子回折測定中性子はスピン1/2をもち,物質中の原子核の核力や磁性原子の不対電子が作る磁場との相互作用によって散乱される.これらの散乱は,それぞれ核散乱と磁気散乱と呼ばれている.この特性を活用した中性子回折法は,結晶構造や磁気構造を決定する実験手法としてよく知られている.AdachiらおよびPlakhtyらは,中性子回折測定によってCsCuCl 3の結晶キラリティーを決定した.16), 17)具体的には,(1 1 l)面の核散乱強度が右手系結晶と左手187