ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

平井寿子,門林宏和Temperature (K)図5880680480filled ice Ih (This study)Solid methane (This study)Kurnosov et al. (2008)Bezacier et al. (2014)2800 10 20 30 40 50Pressure (GPa)MH-FIhの高温安定領域と分解曲線.(Stability fieldand decomposition curve of MH-FIh.)あることと, 29)ほかの実験は融解の判断が不十分であった可能性が考えられる. 30)本実験によって,MH-FIhは少なくとも40.3 GPaで633 Kまで安定に存続できることがわかり,得られた安定領域からMHの各相は氷天体や近年相次いで発見されている系外惑星(比較的低温な内部温度をもつクールプラネット)に構成成分として存在できることが示された.一方,海王星や天王星の氷マントルでは温度圧力条件は高すぎ,MH-FIhは存在できないことも明らかとなった.5.3さらなる高温高圧下でのMHの行方MH-FIhは図5に示す分解曲線の条件で固体メタンと氷に固相分解をし,それ以上の高温では,それぞれの融解曲線で融解することになる.それではさらなる高温下ではどのように振る舞うのか,これを明らかにするべく高温高圧実験を行った.メタン単体に対しては筆者を含めて数多くの実験や理論計算がなされ,メタンの分子乖離やダイヤモンド生成が報告されている. 35)従来の実験の多くはレーザー吸収体の金属を入れたものであり,相変化やダイヤモンド生成にはこの金属の影響が否定できない.また,衝撃実験の報告もあるが圧縮の環境が惑星内とは異なる.吸収体を入れずMH試料だけで,静的圧縮により,MHの本質的な挙動を見るために,筆者らはCO 2レーザーを用いて,メタン-水系について海王星の氷マントル上部に匹敵する条件,50 GPa,3,000 K,までの高温高圧実験を行った.その結果,メタンも氷も融解し,さらにメタンは分子乖離してダイヤモンドが生成することをその場X線回折でとらえた.室温にクエンチした試料ではラマン分光により水素の存在も観察し,さらに,回収試料でもダイヤモンドの存在を確認した(投稿中).この結果は,ダイヤモンド生成だけでなく,水-メタン系物質の相関係を議論する際には,2成分分子系ではなく,C-H-O系で議論する必要があることを示した.海王星は水素,ヘリウムの大気と,水,メタン,アンモニアの氷マントルと,岩石~金属の核よりなると考えられている. 32)また,磁場をもっているが,近年の探査機によりこの磁場は非対称な分布を示すことが発見された.理論計算によると,内部の円滑な対流を妨げる非対流層の存在によって非対称な磁場が生じると説明されたが,非対流層となる物質は特定されていない.1つの候補として氷の超イオン伝導相が考えられてきたが,近年氷の融解実験によると, 36)この条件では氷はすでに融解しているとされ,ほかの候補を探る必要があった.本実験が示すようにメタンが分子乖離してダイヤモンドとなれば,ダイヤモンドは海王星の氷マントル中部の密度より大きく,生成したダイヤモンドが下方に沈み,非対流層を形成する要因となりうる.この研究例が示すようにガスハイドレートの高温高圧物性は惑星の内部状態の推定や惑星物性の説明に寄与する.宇宙の元素の存在度からすれば,ガスや氷が最も多く存在している.その氷とガスからなるガスハイドレートの広い温度圧力条件での挙動が明らかとなれば,氷天体の形成過程や進化のモデリングに貢献するものと期待される.6.おわりに本稿では筆者が行ってきた研究を中心に述べてきたが,クラスレート・充填氷ハイドレートの低温から高温物性は少しずつ見え始めた.親水性ゲストとホストの相互作用とそれに起因する安定性や相変化,高圧下の水素結合対称化や低温下のプロトン秩序化,超高温高圧下でのC-H-O系としての物性の解明など,まだまだ検証するべき課題は多い.今後,さらにエキサイティングな物性が発見され,それが解明されていくことを期待している.謝辞本稿で述べた低温実験,高温実験,時分割X線回折は,SPring-8の大石泰生,平尾直久,松岡岳洋の各博士に,室温高圧実験はKEK-PFの亀卦川卓美博士に,試料作製はAISTの山本佳孝博士,大竹道香氏に協力をいただいた.また,CROSSの町田真一博士,三重県立久居高等学校の田中岳彦博士とも共同研究を行った.ここに感謝の意を表する.文献1)H. Kawaji, H. Horie, S. Yamanaka and M. Ishikawa: Phys. Rev. Lett.74, 1427(1995).2)G. S. Nolas and G. A. Slack: J. Appl. Phys. 79, 4002(1996).3)W. Mao, H. Mao, A. Goncharov, V. Struzhkin, Q. Guo, J. Hu, J.Shu, R. Hemley, M. Somayazulu and Y. Zhao: Science 29, 72247(2002).4)C. Tulk, D. Klug, A. Santos, G. Karotis, M. Guthrie, J. Molaison andN. Pradhan: J. Chem. Phys. 136, 054502(2012).5)T. Okuchi, M. Takigawa, J. Shu, H. Mao, R. Hemley and T. Yagi:Pys. Rev. B, 75, 144104(2007).6)H. Hirai, Y. Uchihara, H. Fujihisa, M. Sakashita, E. Katoh, K. Aoki,60日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)