ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

平井寿子,門林宏和相互作用を保ちながらケージ内を回転や移動している.このゲストの回転はケージ構造内だけでなく,充填氷の例えば5)中でも起きていることが認識されてきた.筆者らは室温下での高圧物性を調べる過程で,ゲスト分子の回転が構造中で抑制され配向秩序化が起き,そしてそれが段階的に進行するのではないかと推定した.水素分子やメタン分子からなる分子結晶においては,低圧高温下では分子は自由回転しており,この回転が高圧下や低温下で配向秩序化することが知られている.配向秩序化は低温高圧下で顕著に現れるため,ハイドレートにおけるゲスト配向秩序化とそれに誘起される相転移を明らかにするには低温高圧実験が有効と考えた.そこでMHとHHに関して実験を行い,それぞれ特有の配向秩序化とそれに伴う相転移をとらえた. 23),24)実験はSPring-8(BL10XU)およびKEK-PF(BL18C)に設置のヘリウム冷凍クライオスタットとメンブレムを用いたガス駆動圧力制御装置を用いた.圧力範囲は2~77 GPaで,温度範囲は10~300 Kである.ゲストの配向秩序化はゲストやホストの質量の違いによっても顕在化すると推測され,MHについては重水をホストとする試料,HHについてはホストとゲストをそれぞれ重水と重水素で置換した試料についても実験を行った.4.2 MHの低温高圧相転移筆者らのそれまでの室温実験では,15~20 GPaにおけるメタン分子の配向秩序化はラマン分光でとらえられるが,X線回折では格子定数や体積のとびは観察されなかった.一方,X線回折線は40 GPaで変化し,これ以上で別の高圧相(MH-HP1と名づけた)の存在が観察された.今回の低温領域での重水ホストを用いたX線回折による精密測定により,15~20 GPaでFIhの直方晶の軸比が劇的に変わり,配向秩序化に誘起された構造上の変化がとらえられた.また,重水ホスト試料では高圧相MH-HP1が28 GPaという低圧から出現し,この水分子間距離は水素結合対称化には長すぎることから,この高圧相MH-HP1は水素結合対称化に関連する相ではなく,別の配向様式をもつ相と解釈するほうが妥当であると考えられる.固体メタンや固体水素においても,配向の様式や程度の違いによっていくつかの相の存在が知られている. 25), 26)そこでMHの場合,20 GPaでゲストが配向する相をGOS(guest orientational ordered-state)と名づけ,40 GPa以上の相は従来の筆者らの命名を踏襲しMH-HP1とした.軽水ホストと重水ホストに対して,2~77 GPa,30~300 Kの領域における,3相(既知のFIh(ゲスト無秩序相),GOS,MH-HP1)の存在領域の概略を得た. 21)メタン分子の配向とそれに誘起された構造上の変化は以下のように解釈される.軸比変化はゲストが20 GPaで配向した後c軸が急に縮みにくくなることを示している.20 GPaで自由回転が限界に達し,メタン分子が配向秩序化することにより,メタン分子の対称性が球対称から4面体的対称に変わる. 26)その結果配向したゲストとホストの相互作用が強化されc軸の非圧縮性が高まり,軸比変化を導いたと解釈される.4.3 HHの低温高圧相転移HHには3つの相がよく知られている.1つはケージ構造sⅡでこの大ケージ中には水素分子が4つ封じ込められている.3)ほかの2つは充填氷で,氷ⅡをフレームワークとするC1,氷ⅠcをフレームワークとするC2(本稿ではFIcと記す)である. 19)sⅡは低温下でのみ安定で,C1は室温下で0.9~2.7 GPaまで,C2は2.7 GPa以上で安定である.HH-FIcはフレームワークが氷Ⅰcであることから,従来立方晶と考えられていたが,第一原理計算によって,低温高圧下で立方晶から正方晶に相転移することが予測された. 27)しかし,立方晶への実験的検証はなされていなかった.そこで,圧力範囲5~50 GPa,温度範囲10~300 Kで重水や重水素を用いた試料について低温高圧実験を行った.本実験の精密X線回折により,20 GPa以上で回折線の明瞭なスプリットととらえられ,これは正方晶として説明でき,理論予測された正方晶の存在が実験的に検証された. 24)また,45 GPa以上でも別の高圧相(HH-HP1と記す)の存在が観察されたが,この相はMHの高圧相(MH-HP1)と同様に,ゲストの異なる配向様式をもつ相と考えられる.さらに,63~70 GPa以上でもX線回折とラマン分光で別の高圧相の存在が示された. 11),24)正方晶相形成の原因を調べるため低温ラマン分光により水素分子の振動モードと回転モードの測定を行った.水素分子の回転モードのS0(0)がスプリットし,一方,振動モードはほとんど変化しなかった.これらの回転モードの変化が観察された温度圧力は,上述のX線回折実験で推定した正方晶への相境界と良い一致を示した.振動モードがほとんど変わらず,回転モードがスプリットするということはゲスト水素分子が完全にランダムな回転状態(球対称)から低対称な状態(例えば回転楕円体)へ変化することを意味する.すなわち,ゲスト水素分子が配向秩序化(おそらく部分的)したことを示している.この配向秩序化によるゲストの低対称化がフレームワークのc軸を伸長させ,その結果正方晶構造が形成されたと推測される.HHの場合は初期構造が立方晶であり,ゲストの配向秩序化(分子の低対称化)により格子の変形は正方晶として現れるが,MHの場合はもともと直方晶構造なので,配向秩序化により格子が変形しても,直方晶構造内での軸比変化として吸収されたと考えられる.HHの場合も,5~50 GPa,10~300 Kの範囲で3つの相の存在を明らかにし,それぞれの相境界を推定した. 24)58日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)