ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

平井寿子,門林宏和構造をとるにはサイズの制限があるが,数種のゲストが充填氷となる.これらはおおよそ6 GPa付近まで保持され,それ以上で分解する.しかし,MHとHHの充填氷構造だけは少なくとも90 GPaまでその基本構造が存続するが, 10), 11)これはゲスト分子には水素原子が存在し,この水素原子とホスト水分子の間の特有の相互作用によるためと推測される.充填氷の窒素ハイドレートでも60 GPaまで存続するという報告があり, 16)これも窒素原子とホスト水素原子との相互作用によると思われる.このように充填氷の安定性はゲスト-ホスト間の相互作用が大きく寄与していると考えられる.さらに高圧下ではどうなるか.これまでガスハイドレートのメガバール領域の実験は報告されていなかったが,筆者らはこれに挑戦した.室温下で最高134 GPaまでの実験を行い,70~80 GPaで回折線d値の圧力に対する傾きが明瞭に変化することがとらえられた.飯高による理論計算では70~80 GPaで水素結合対称化が起きると予測されており, 21)観察した変化が水素結合対称化と関連する可能性がある.しかし,回折線の数が少なく結晶系の推定にとどまり,構造の詳細の決定や分光学的な対称化の検証は今後の課題である.2.3ゲストの化学的性質とハイドレートの安定性図1はゲストが疎水性のものに限って示してあるが,ゲストの化学的性質(親水性)はケージ構造の安定性に大きく寄与している.例えばCO 2ハイドレートはゲストサイズからするとメタンに近く,初期構造はMHと同じsⅠである.しかし,室温下では存在できず,安定領域はMHとは大きく異なっている.MHの分解曲線は温度圧力に対して正の傾きをもつが,CO 2ハイドレートのそれはある臨界点を超えると,負に傾きを変え低温域でのみ存在できる. 12)CO 2ハイドレートのこの不安定性は,まずゲストCO 2が親水性であることに起因する.メタン分子は典型的疎水性分子であり,メタン分子はケージからできるだけ離れたケージのほぼ中心位置で回転している.一方,CO 2分子は中性子回折や理論計算によると,ケージを内側から撫で廻しているように分布し,瞬間的にはケージの水素原子と結合も生じることが報告されている. 22)このことが安定条件を大きく低下させる原因になっていると考えられる.これに関連するが,アミン基を含む親水性のゲストがホスト水分子の水素原子と結合を作り,ケージを大きく歪ませたセミクラスレートを作ることが知られている. 18)このようにホストと結合を作ることは,ケージ構造の不安定化につながると考えられる.いずれにしても,CO 2ゲストのケージを撫で廻すような分布はラットリングと同様の挙動と考えられる.物性的にもおもしろいCO 2ハイドレートであるが,太陽系の火星では永久凍土の地下に存在していることが予測されており,惑星科学的にも重要なハイドレートである.3.相転移メカニズムメタンハイドレートの例3.1相転移から転移のメカニズムへ上述のように高圧下におけるガスハイドレート相転移の概要も提案され,また,個々の構造の詳細,例えば,多重占有やsite-disorderなども中性子回折実験で明らかにされつつある.しかしながら,1つの構造からほかの構造への転移のメカニズムについては,ほとんど未開拓であった.転移のメカニズムとしては,原子の拡散を伴わない無拡散型(マルテンサイト型)と拡散を伴う再編型がよく知られている.クラスレートはゲストとホストからなり,上記のような単純なメカニズムとは異なるメカニズムが存在すると推測される.MHはケージ構造のsⅠをとり,0.8 GPaでケージ構造のsHへ,そして1.8 GPaではfilled ice Ih(以後FIhと記す)という構造に変わる)6),8)-11),13)FIhは氷Ihに類似するフレームワークのチャネル状の空隙にメタン分子が充填された構造をしている. 20)そこで,筆者らは時分割X線回折と時分割ラマン分光,および,X線回折に同期させたCCDカメラも用いて,水分子の作るフレームワークの変化過程と,メタン分子の振動モードよりケージの変化過程との両者を調べ,室温下のMHの転移メカニズムを調べた. 17)3.2時分割XRDと時分割ラマン分光sⅠ-sH転移に関して,図2aと図2bは圧力0.8 GPaにおける時分割X線回折パターンと,sⅠとsHの回折線の相対強度変化を示す.sⅠとsHの回折線の強度が逆相関して変化したが,これは構造のフレームワークがsⅠからsHへ次第に変化していくことを示している.図2cは0.8 GPasHsHac0.8 GPa14-hed0.8 GPa12-hedsI2930 2900Raman shift (cm -1 )1601208040sI 04 6 82θ(deg)12-hedm12-hed20-hedRaman shift (cm -1 )bI/I 0Fraction1.00.50.020 70 120 170Time (s)292529202915291029051.00.5sI sI + sH sH■sI 210■sI 211■sI 222◆sH 021◆sH 030◆sH 220dsI sI + sH sH◆sI 12-hed▲sI 14-hedsH 12-hed◆m12-hed20-hed0.00 200 400 600Time (s)図2 sⅠ-sH転移における時分割XRDとラマン分光.(Time-resolved XRD patterns and Raman spectra atsⅠ-sH transition.)17)56日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)