ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

ページ
61/76

このページは 日本結晶学会誌Vol60No1 の電子ブックに掲載されている61ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No1

ガスハイドレートの低温~高温・高圧下での構造・物性変化と氷天体内部構造の推定ても,その原子位置の動的な分布や物性は興味深いものである.さらに,ホストとゲストの比は定まっておらず,不定比化合物でもある.化学の分野では,疎水性相互作用を示す典型的物質として古くから研究されてきた.ガスハイドレートは近年高圧下では多様な相変化をすることが明らかとなり,6)-14)ゲストサイズと圧力依存の構造変化の概観が筆者などにより提案されている. 15),16)これに関しては2章で解説する.また,あるケージ構造から次のケージ構造へ転移する際,独特のメカニズムを経由することもわかり, 17)これに関しては3章で紹介する.氷がホストであるため,さらに高圧下では水素結合対称化が,また,低温下では水分子のプロトン秩序化が起きることが予測される.ハイドレートの場合にはゲストが存在するため,ホスト氷の対称化や秩序化は純水氷とは異なる条件で起き,それらが起きた物質の性質も異なってくる可能性がある.逆に,ホストの氷が存在するためにゲストの振る舞いが影響を受けることもありうる.例えば,クラスレートの特徴であったゲストの回転や移動は,高圧や低温によって抑制され,停止することが予測され,そして,その条件はゲスト種単体の分子結晶の条件とは異なってくると予測される.これに関しては4章で述べる.一方,高温下ではガスハイドレートはどのような挙動を示すだろうか.単純に融解するか,高圧氷とゲスト固体に分解するか,あらたな高圧相が存在するか,そもそもメタン分子は存在できるか興味津々である.これについては5章で述べる.クラスレートの中でもハイドレートは地球,太陽系,宇宙にも広く存在すると推測されており,それらは広い温度圧力条件下にあり,多様な物性を発揮していると考えられる.地球惑星物質科学の学徒である筆者は,このハイドレートの予測される,あるいは未知の物性を垣間見たいと考え,ハイドレートに圧力をかけ,あぶったり,冷やしたりして,物性変化を調べる研究を行ってきた.本稿では,2章で室温下における高圧相変化,3章で転移のメカニズム,4章で低温高圧物性,5章で高温高圧物性について筆者の研究結果を中心に紹介する.2.ガスハイドレート高圧相変化2.1ガスハイドレートの結晶構造クラスレートハイドレートでは水分子が水素結合でケージを形成し,その中にゲスト分子や原子が内包されている.数多くのゲスト種がクラスレート構造を形成し,それらは常圧~低圧ではゲストサイズに依存して主に3つの構造(立方晶のsⅠとsⅡ,六方晶系のsH)を選択することが知られている.sⅠは2個の12面体と6個の14面体からなり,sⅡは16個の12面体と8個の16面体からなり,sHは1個の20面体と3個の12面体と,2個の変日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)形12面体からなる. 18)これらの構造中の大小ゲージの比は,3:1,1:2,1:5であり,この大小ケージ比は構造の選択制や高圧相転移にかかわってくる.すなわち小さいゲストは,小ケージ優勢のsⅡ構造を好み,sⅠ,sHとなるに従ってより大きなゲストに好まれる.高圧下での転移ではより多くのゲストを包有できる構造が選択される.2.2高圧下における相転移の一般則図1は室温下におけるゲストサイズと圧力に依存した構造変化を示したものである. 15)この図からシステマティックな相転移の“一般則”が読み取れる.大局的には,sⅠあるいはsⅡの初期構造化からsHに変化する.小さいゲストはsHの後,小さいゲストが2重占有をして効率良く詰め込まれる別のケージ構造(正方晶のsT)に変化する.sHは低圧ではサイズの大きいゲストを取り込むことができる構造であるが,高圧下ではメタン分子のような小さいゲストが多重占有されてこの構造をとる.ゲストの占有数や動的な位置は現在でも議論されている.4)この図が示すように,大きいゲストの初期構造はより高圧まで保持されており,ケージ構造では(疎水性ゲストの場合)ゲストがケージを支えているとみることもできる.高圧下でケージの圧縮に伴い初期構造が限界に達すると,より効率良くゲストを収納できる別のケージ構造へと変化していく.さらに高圧下ではついにケージ構造は崩壊し,それに代わって氷フレームワークの間隙にゲストが取り込まれたようなfilled ice構造(充填氷構造)と呼ばれる巧みな構造に変化する. 19),20)ここで,ハイドレートはクラスレートではなくなり,充填氷という特有の構造をとり,新たな相変化をたどることになる.ガスハイドレートはこれらの相転移に際して水成分を放出し,よりゲストリッチな構造へと変化していく.厳密に言えば,相転移というより分解反応である.充填氷5.2large5.5C2H6 CO2St-I0.51.02.0Pressure (GPa)highguest / waterGuest size (A?)4.5Double ~ Multi occupancyXe-hyd.CH4-hyd.N2-hyd.Kr-hyd.Ar-hyd.H2-hyd.st-Ist-Ist-IIst-IIst-IIst-IIst-IIst-Ist-I0.3sH0.5sH0.60.70.8sTsHlowsH 1.0 sT tem.Filled~1.0filled1.1Ice ice IIsT1.3ice Ih1.6sHfilled1.6filled1.8Filled ~2.0ice Ih ice Ihice Icfilled2.1ice Ihdecompose3.8decompose2.5decompose 6.0decompose6.5stabilitypressureguest sizeadditionalinteractionOther Fihsdecomposebelow ~6 GPa86 GPa 90 GPa図1ガスハイドレートの圧力およびゲストサイズ依存相転移.(Outline of phase changes of gas hydratesdepending on pressure and guest size.)15)図の左上(ゲストサイズが大きく,低圧側)には初期構造としてsHが存在するが,この図では省略してある.55