ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

日本結晶学会誌60,54-61(2018)特集鉱物結晶学で解き明かす地球惑星ダイナミズム2.地球惑星内部における鉱物の構造と物性ガスハイドレートの低温~高温・高圧下での構造・物性変化と氷天体内部構造の推定立正大学地球環境科学部環境システム学科平井寿子愛媛大学理工学研究科先端科学特別コース門林宏和Hisako HIRAI and Hirokazu KADOBAYASHI: Changes in Phases and PhysicalProperties of Gas Hydrates Under Low to High Temperatures and High Pressures andtheir Implications of Interiors of Icy BodiesGas hydrates, clathrate compounds, consist of hydrogen-bonded water molecules formingcages and of guest species included in the host cages. A wide variety of gas hydrate exhibits phasechanges depending on pressure and guest size, and finally transforms to filled ice structures. Uponphase transition between cage structures, e.g. sⅠto sH of methane hydrate, a characteristic“cagerecombination mechanism”using an analogy from genetic recombination was observed, while uponsH to filled ice structure, typical reconstructive mechanism was observed. At low temperatures andhigh pressures phase changes induced orientational ordering of guest molecules occurs for methanehydrate and hydrogen hydrate. At high temperatures and high pressures, methane hydrate decomposesto solid methane and iceⅦ. The stability region and decomposition curve was obtained.1.はじめにクラスレート物性の面白さガスハイドレートは一般に水分子をホストとするクラスレート化合物を差す.クラスレートとは,原子や分子がケージ状の構造単位を作り(これをホストという),そのケージの中に原子や分子(ゲスト)が包摂された化合物群を差す.ホストにはシリコンや炭素原子,水分子,シリカがあり,それらが共有結合や水素結合によりケージを形成し,これらのケージが面共有して構造を作り上げている.ホストの違いやホストを結びつける結合様式の違いにもかかわらず,形成される構造は基本的に同構造である.それは当然のことであるが,シリコンや炭素はsp 3混成軌道により,水分子は分子の極性により,シリカもいずれも4配位で安定な構造をとることに起因している.一方,ホストの結合様式の違いやゲストの違いから,形成される物質の物性は多様である.ホストがシリコンでBaを内包するシリコンクラスレートが超伝導を示すことで一躍興味の対象となったことはよく知られている.1)一方,鉱物分野で最もよく知られたシリカがメタンハイドレート(以後MHと記す)やシリコンクラスレートと同構造(多少のmodificationはあるが)をとり,それが鉱物名メラノフォロジャイトとして天然に存在しているということはあまり知られていない.クラスレート物性の面白さは,ホストがゲストをケージの中につかみ込むことから生じている.このため,ホスト-ゲスト間で特異な相互作用が働き,ラットリング2)などの特異なゲスト運動や超伝導,熱伝特性が誘発される.一方,つかみ込まれたゲスト分子が複数の場合,極端に短い分子間距離が強いられる.例えば,水素ハイドレート(以後HHと記す)のsⅡ構造の14面体ケージには4つの分子が取り込まれているが,この分子間距離は低圧の固体水素(hcp)の分子間距離~3.5 Aに比べると,2.9 Aとかなり短くなっている.3)また,MH-sH(MHのsH構造を意味する)の20面体ケージには3~5個のメタン分子が取り込まれており,この分子間距離はメタン分子のファンデルワールス直径の4.2 Aに比べ,3.26~3.60 Aと短い.4)この分子間距離からもいかに特異な環境がケージ内には実現しているかが推察される.また,これらのゲストはsite-disorderしているとことが示されており,4)これはラットリングと類似する物性である.これらの物性を生じさせている相互作用が,クラスレートの面白さだと思われる.そして,この物質群に圧力が負荷され,低温や高温に晒されれば,さらに多様な物性が生じると期待される.ホストが水分子であるクラスレートハイドレートは,例えば,その代表であるMHの場合は常温常圧では水とメタンは水と油のごとくきっぱりと分離しているが(多少の溶解度はあるが),条件が揃えば,メタン分子は水分子のケージ中にすんなりと均質に分散して,化学結合はしないが,相互作用をしながら,固体のホスト中をあたかも流体のように動き回っている.HHの場合もゲストの高速な拡散がとらえられている.5)結晶学の立場から見54日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)