ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

ページ
58/76

このページは 日本結晶学会誌Vol60No1 の電子ブックに掲載されている58ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No1

土屋旬ションを行うためには,通常電子の交換相関相互作用を取り入れるために用いられている局所密度近似(LDA)や密度勾配近似(GGA)では不十分であることが知られている.そこで,このような局在d電子のクーロン相互作用をUパラメターという形で取り込んだ,GGA(DFT)+U法という手法が用いられている.ここで問題になるのがUパラメターの決定方法である.スピン転移圧などの結果はUパラメターに顕著に依存することが知られているが,過去の多くの研究では実験値に合うように経験的に決定されたU値を用いることが少なくなかった.本32研究では,このUパラメターを内部無僮着法)を用いて決定した.著者らによる第一原理電子状態計算では,約70 GPaでパイライト型FeOOH構造が安定化するという結果が得られた.同時に行われたダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧実験は,約80 GPaでパイライト型FeOOHに相転移することを発見した. 33)この相はマントル平均温度条件でも安定であり,またほかのH相やδ-AlOOHなどの含水鉱物と比較して顕著に密度が高く,含水鉱物の重力的な安定性にも深く関係すると考えられる.この発表の直前に,ほかのグループよりFeOOHが同じく70 GPa付近で脱水素反応を起こし,FeO 2鉄酸化物と水素H 2(2FeOOH ?2FeO 2+H2)に分解するという報告があった. 34),35)この反応は,地球深部の酸化還元状態に大きな影響をもたらすため重要であるという主張がなされた.ここで報告されたFeO 2鉄酸化物の構造自体はパイライト構造であり,著者らの報告との違いは水素の有無である.X線で水素の有無を確認することは難しいが,著者らのグループでの実験ではFeOOH組成と考えられるパイライト相を生成後,減圧することにより低圧相ε-FeOOHへの逆反応を確認しており,脱水素反応が起きているという証拠は得られなかった.また第一原理計算によってもパイライト型FeOOHのほうがパイライト型FeO 2+H2(固体水素I相を仮定)より3 eV/FeOOH程度エンタルピーが低く,脱水素反応が起きる可能性は低いという結果が得られた.6.地球深部の水の大循環先にも述べたように,H相は下部マントル鉱物と比較して非常に低密度であり,重力的に安定であるとは言い難い.しかし,このFeOOH新相が下部マントル深部領域安定であると確認されたことにより,核マントル境界までの水の輸送に新たな可能性が提示された.FeOOHとH相との固溶体が形成された場合,下部マントル内での含水相の熱力学的,重力的安定性は格段に増加すると考えられる.よってこのような含水相が核マントル境界まで水を運搬し,地球外核への水素供給や核マントル境界でのスーパープリュームの生成に寄与するというシナ図5下部マントル圧力における含水鉱物の相関係模式図.(Schematic diagram of hydrous minerals underlower mantle pressure conditions.)リオも考えられる.従来低温条件でのみ安定であると考えられてきたDHMSが,結晶中のMgやSiがAlに置換されることより,マントル平均温度のような高温下でも安定性が保たれるという報告が注目されている.例えば,Mg+Si?2Alの置換によって生成されたスーパーアルミナスD相(すなわちAl 2SiO 6H 2)は下部マントル圧力において2,273 K以上でも安定であると報告されている. 36)DHMSにおいてはMgが6配位構造をとっているが,下部マントル圧力下では一般的にMgのイオン半径が大きすぎるため,6配位のMgサイトが不安定化する.これが上記の置換により安定化すると言える.本稿でまとめたように,下部マントル領域での安定含水鉱物に関してMgSiO 4H 2,AlOOH,FeOOH組成の高圧挙動についてはほぼ解明されたと言える(図5).今後は,これらの含水相の相互の相関係について詳細に調べる必要がある.すでにパイライト型FeOOHとパイライト型AlOOHの固溶体も実験により確認されている. 33)また,新しく発見されたパイライト型FeOOHは,マントル平均温度付近(約110 GPa,2,400 K)でも安定性が確認されている. 33)今後は,第一原理計算や高圧実験の協働により,このような新相やAlやFeなどの影響も考慮した含水鉱物の安定温度圧力条件の見直しを行い,核マントル境界を含むような水の大循環の可能性と地球ダイナミクスへの影響について研究が進展することが期待される.文献1)K. Hirose, J. Brodholt, T. Lay and D. A. Yuen: The Last MantlePhaseTransition(edsK.Hirose,J.Brodholt,T.LayandD.Yuen),American Geophysical Union, Washington, D. C.(2007).2)A. E. Ringwood and A. Major: Earth Planet. Sci. Lett. 2, 130(1967).3)I. Katayama, K. Hirauchi, K. Michibayashi and J. Ando: Nature52日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)