ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

第一原理電子状態計算法を用いた地球深部における含水鉱物の構造・物性研究高圧装置MADONNAを用いた実験や,SPring-8での放射光その場観察実験を行った.その結果,D相が新しい高圧型の含水鉱物へと,理論予測された圧力条件で相転移することを明らかにした. 19)この相は,1986年のD相の発見以来ほぼ30年ぶりに新たなDHMSの1つと確認されH相と名付けられた.このH相はMgSiO 4H 2組成をもち,結晶構造はSiO 2の高圧相であるCaCl 2型構造と類似する(図1e).土屋が予測した結晶構造は単斜晶(空間群P2/m)であるが,これはc軸方向に稜共有するMgO 6コラムとSiO 6コラム,また対称化した水素結合から構成される結晶構造である. 18)その後,西らが合成した試料を単結晶構造解析した結果,H相は空間群Pnnmをもつことが判明した. 20)この構造は八面体位置にMgとSiが無秩序配置した状態をとる.著者らはその後,実験と同様にMg,Siをc軸方向に部分的に無秩序配置させたモデル構造(空間群P2 12 12)(図1f)についても第一原理電子状態計算を行い,エンタルピーを比較したが,温度効果を考慮しない0 K条件下では単斜晶構造のほうがわずかに(約0.13 eV/formula unit程度)安定であると報告した. 21)H相の高温高圧条件におけるギブス自由エネルギーを密度汎関数摂動論(Density functional perturbation theory,DFPT)と準調和近似(Quasi harmonic approximation,QHA)を用いて計算した結果,D相とH相+SiO 2の相境界は正のクラペイロン勾配(1,000 K条件でdP/dT=~6.4 MPa/K)をもつことが判明した(図4). 18)すなわちマントル平均温度より500 K程度冷たいプレート温度条件においても約48 GPa以上の条件下においてH相が安定領域をもつことがわかった.しかし,このH相は狭い安定領域しかもたず,0 K条件では52 GPaでMgSiO 3-ブリッジマナイトと水に分解する(有限温度における分解相境界は決定できていない).このことはその後の高圧実験でも確かめられている. 22)すなわちH相は無水鉱物と水に分解し,新たなDHMSへの高圧相転移は存在しないため,H図4第一原理電子状態計算により決定したMgSi 2O 6H 2組成におけるH相の安定温度圧力領域.(Stabilityfield of phase H in MgSi 2O 6H 2 composition.)日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)相はDHMSの最高圧安定相である.しかし,H相は比較的狭い圧力範囲でのみ安定であり,下部マントル中部(52 GPa,深さ約1,400 km)以深では水を放出して分解するという水の循環が想定される.しかし,実際のマントルはマグネシウムケイ酸塩鉱物に加え数重量%のAlやFeなども含む複雑系である.その後の高圧実験によりAlを含む系では,H相にはAlが選択的に分配され,安定領域が拡大することが示されている. 19),23)この系はH相とδ-AlOOH相の固溶系と見なすことができ,H相と同じ結晶構造をもつδ-AlOOHは非常に広い温度圧力範囲(33~134 GPa,1,350~2,300 K)で安定である. 24)よって,H相はAlが含まれることにより高圧下におけるH相の安定性が増し,地球中心核とマントルの境界領域まで水が運搬される可能性が指摘されている.現在までのところ,これらH相-δ-AlOOHの相関係については,まだ未解明な点も多いが,H相とδ-AlOOHに関しては完全固溶系を成しているとの報告がある. 25)5.2パイライト相δ-AlOOHは170 GPa以上ではパイライト型構造(空間群Pa3)に相転移することが理論予測されている. 26)また,この構造は第一原理計算と高圧実験によりGaOOH,InOOHにおいても同様に安定であることが確認されている. 27),28)パイライト型構造は酸化物SiO 2やGeO 2にお29), 30)いて,それぞれ250 GPa,90 GPa以上で安定である.このように含水鉱物においてもSiO 2と類似したCaCl 2型からパイライト型への相転移を示すことは興味深い.最もSiO 2ではCaCl 2型とパイライト型の間に中間相としてα-PbO 2型構造(Seifertite)が存在するが,この構造はMOOH組成(M=Al,Ga,In)においては安定化しないようである.前述したようにδ-AlOOHとH相の固溶体は熱力学的に非常に広い安定領域をもつと考えられている.しかし,一方で無水マントル鉱物と比較して極端に密度が小さく,地球深部への水の輸送を担うには重力的な安定性が疑問視される.よって,マントル中でAlと同様に重要な元素であるFeがこれら含水鉱物の熱力学的・重力的安定性に与える影響を調べる必要がある.興味深いことにα-FeOOH(goetite)の高圧相であるε-FeOOH相もδ-AlOOHと同じ構造をとることが知られている.よってAlOOHと同様の相関係がFeOOHについても存在するのではないかという考えに基づいて,著者らは第一原理電子状態計算法を用いてFeOOHの高圧挙動を調べた.ε-FeOOHは約50 GPa付近で鉄原子が高スピン状態から低スピン状態への転移を起こすことが知られている. 31)この転移で体積は10%以上縮小し,高圧下での含水鉱物の相安定関係に大きな影響をもたらすと考えられる.第一原理計算法でこのような鉄-酸素系のような強い電子間相互作用をもつ電子状態のシミュレー51