ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

土屋旬適応した構造をもっていると言える.低温のプレートが沈み込み,A相がマントル遷移層(14~23 GPa,深さ約410~660 km)まで運ばれると含水ワズレアイトや含水リングウッタイトへと相転移する.マントル遷移層の主要構成鉱物であるワズレアイトやリングウッタイトはそれぞれ変型スピネル,スピネル型構造をとり,格子内のOH基として最大約3 wt%程度に相当する水を含むことができ,名目上無水の(つまり実際は含水の)鉱物,NAMs(Nominally anhydrous minerals=NAMs)と呼ばれている.これらNAMs中の水は,DHMSの含水量(約10 wt%H 2O程度)と比較すると少量であるが,遷移層の主要構成鉱物であり遷移層全体にわたって積分すると,海水の数倍になると指摘されている.5),6)また,注目すべき点として,ほかのDHMSと異なり,この2つの鉱物は含水状態であっても融点が高いことが挙げられる.これらの相は遷移層平均温度条件でも水を保持できるため,地球深部において最も重要な含水相と見なされている.実際の遷移層の含水量は不明であるが,また近年では天然のダイヤモンド包有物中に含水リングウッタイトが発見されており,7)マントル遷移層が少なくとも部分的には含水化されている可能性が高いと指摘されている.下部マントルは地球の体積の大半を占めるため,この領域における含水相の存在は地球全体の含水量を見積もるうえで非常に重要である.下部マントル上部まで水が運ばれた場合,DHMSの1つであるスーパーハイドラスB相(Mg 10Si 3O 14(OH)4)が安定化する(図1c).この構造ではSiが4配位と6配位の両方をとる.さらに高圧下ではスーパーハイドラスB相はさらにD相へと相転移する.D相の結晶構造中ではMgとSiがともに6配位をとる(図1d).このように含水鉱物も圧力環境に応じて層状構造から三次元ネットワーク構造へ変化し,さらに陽イオン配位数を増加させることにより安定化している.4.水素結合対称化水素原子はX線散乱断面積が小さく,X線回折実験ではほとんど検知できないため,高圧下における含水鉱物の水素挙動については未解明なことが多い.第一原理電子状態計算法はそのような水素のふるまいを調べるうえで有効な手段である.一般的な含水鉱物中では,電気陰性度の高い酸素と水素が共有結合(O-H結合)することにより水素が弱い陽性を帯びるために,周囲の酸素と引力相互作用(O…H結合)が発生し,これを水素結合と呼ぶ.水素結合は通常,共有結合やイオン結合と比較してはるかに弱い.しかし,周囲の化学環境に依存してその強さはさまざまである.D相の水素位置の圧力依存性が第一原理電子状態計算法を用いて調べられている.8)その結果,約40 GPaに図3 D相とδ-AlOOH中の水素結合の圧力変化.(Highpressure behaviors of hydrogen bonds in phase D andδ-AlOOH.)おいて水素結合の対称化が起こる可能性が報告されている.高圧下で水素結合が強くなるにつれてO…O間距離が減少する一方で,O-H結合距離は増加する(図31).最終的に水素が隣り合う2つの酸素原子間の中点に移動し(図32),双方の酸素と強く結合する.これを水素結合対称化という.このような圧力誘起水素結合対称化は氷高圧相(X相)において起こることが知られているが,9),10)D相のような含水鉱物においても同様に起こり得ることが報告された.D相と同じく,下部マントル圧力条件で安定であるダイアスポア(α-AlOOH,diaspore)の高圧相δ-AlOOHも約30 GPa以上で水素結合対称化が起きると報告されている. 11)この水素結合対称化は,光学的・弾性的性質に顕著な影響をもたらすことが示されている. 12)-14)このような常圧下とは異なる対称化した非常に強い水素結合が,下部マントルのような高圧条件において含水鉱物の結晶構造の安定化に寄与していると推測される.5.新たな含水鉱物の予言と発見5.1 H相D相は約40 GPaで無水鉱物と水に分解する15)もしくは未知相へ相転移する16)と報告され,基本的には含水鉱物による水の地球深部への運搬は下部マントル中部(約40万気圧・深さ約1,250 km)までであると考えられていた. 17)2013年,著者はD相が対称水素結合を有し,高圧下で安定性を保持しているため,D相が分解せずに,さらなる含水鉱物へと変化する可能性があると考え,第一原理計算法を用いて新たな構造探索を行った.その結果,D相(MgSi 2O 6H 2)は0 K条件において約40 GPaで新たな結晶構造をもつ含水鉱物(MgSiO 4H 2)とスティショバイト(SiO 2)の2相に相転移するほうが自由エネルギー的に安定であることを見出した. 18)この理論予測をうけて愛媛大学の西真之講師らの研究グループは,愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターのマルチアンビル50日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)