ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

第一原理電子状態計算法を用いた地球深部における含水鉱物の構造・物性研究度に関してはほとんどわかっていないのが実情である.地球表層の水とマグマや岩石が反応することにより含水鉱物が形成される.この含水鉱物は通常結晶格子中にOH基(やH 2O)を含む.多くの場合,H 2O分子の状態で結晶格子に含まれるわけではなく,化学式としても“H2O”を含む形で記述されないが,分解や反応の際に水が介在するため(例えばブルース石Mg(OH)2の場合Mg(OH)2?H 2O+MgO),地球科学分野においては含“水”鉱物と呼ばれる.よく知られている含水鉱物としては,蛇紋石,雲母や粘土鉱物のようなフィロケイ酸塩(層状ケイ酸塩鉱物)が挙げられる.このような含水鉱物として岩石中に取り込まれた水はプレートの沈み込みにより地球内部に輸送される.特にかんらん石と水の反応により生成される含水鉱物である蛇紋石((Mg,Fe)3Si 2O 5(OH)4,リザーダイト・アンチゴライト)は,ほかの無水マントル鉱物に比べて低密度で,結晶構造や物性において非常に高い方位異方性を示す.蛇紋石はMgO 6八面体層とSiO 4四面体層を水素結合でつなぎ合わせたような結晶構造をもつ鉱物である(図1a).このような層状ケイ酸塩は,プレート沈み込み帯のような差応力条件下では強い結晶方位の選択配向を示し,伝播する地震波速度や偏光方向に大きな異方性を生じさせる原因であると報告されている.2),3)これら含水鉱物がさらに深さ約40~100 kmまで運ばれると地球深部の高圧高温条件により水を放出して分解すると考えられている(図2).日本のような島弧火山はこのような含水鉱物が放出する水が周囲の岩石を溶融させ,それがマグマとなって地表に上昇してきたためであると考えられている.プレートに取り込まれた水の多くはこのように上部マントル上部までの循環を繰り返していると考えられる.4)しかし,沈み込むプレートはマントル遷移層や下部マントル,さらには核マントル境界まで到達していると考えられており,含水鉱物が完全には脱水分解することなくプレート内に保持され,より深部まで運ばれている可能性は否定できない.図2には高圧実験により明らかにされたマントル岩石(パイロライト組成)+水における含水鉱物の安定領域を示す.平均的な地球内部の温度条件では,多くの含水鉱物は安定領域をもたない一方で,沈み込む冷たいプレート条件では,水を保持したまま存在できることがわかる.これは非常に冷たい(例えばマントル平均温度より500 K程度低いような)プレート内では,地球深部まで含水鉱物を運び得ることを示している.蛇紋石の高温相の1つであるアンチゴライトは高圧低温(約873 K以下)条件でA相と呼ばれる高圧型含水マグネシウムケイ酸塩(DHMS)へと相転移する.DHMSは地球深部へ水を運搬する可能性をもつ一連の含水鉱物群のことをさす.A相のほかにB相,F相,D相などがあり,別名はアルファベット相とも呼ばれている.A相の結晶構造も蛇紋石と同じくMgO 6八面体とSiO 4四面体から構成されるが(図1b),三次元ネットワーク構造をとる.水素結合も蛇紋石では層間をゆるくつなぎ合わせるものであった一方,A相などでは三次元ネットワーク構造中に組み込まれたものとなり,高圧条件下により(e)(f)図1蛇紋石(アンチゴライト)とDHMSの結晶構造.(Crystal sturcutures of antogirite and DHMS.)日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)図2パイロライト+水組成での含水相の安定領域模式図.(Stability fields of hydrous phases in Pyrolite+H 2O composition.)49