ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

ページ
54/76

このページは 日本結晶学会誌Vol60No1 の電子ブックに掲載されている54ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No1

日本結晶学会誌60,48-53(2018)特集鉱物結晶学で解き明かす地球惑星ダイナミズム2.地球惑星内部における鉱物の構造と物性第一原理電子状態計算法を用いた地球深部における含水鉱物の構造・物性研究愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター土屋旬Jun TSUCHIYA: First Principles Investigations of the Hydrous Minerals in the Earth’sDeep InteriorIt has been frequently shown that water has important effects on the dynamics of deep Earthinteriors. In order to know how water is transported into the Earth’s deep interiors and estimate theeffects of water on the dynamics, we have been investigating the hydrous minerals under lower mantleconditions. Our first principles calculations have successfully predicted the existence of new hydrousminerals under extreme high pressure conditions. These new hydrous phases suggest the possibility ofthe transportation of water into the deepest part of Earth’s mantle.1.はじめに地球深部は超高温超高圧(地球中心核で約5,000 K,360 GPa=360×10 9 Pa)の世界であり,マントルの成層構造は主にマグネシウムケイ酸塩の高温高圧相転移によるものであるということはほぼ解明された.1)現在は地震波トモグラフィー解析などによってより詳細に見えてきた不均質構造の成因や,地球深部物質の粘性率,熱伝導率などの物性の決定と,それによるダイナミクスや地球進化過程の解明という段階に移行しつつある.特に地球深部の水の循環については,マントルの流動特性などに重要な影響を与えると考えられており,現在多くの研究が行われている.本稿では特に,地球深部への水の輸送を担うと考えられている高圧型含水マグネシウムケイ酸塩(Dense hydrous magnesium silicate=DHMS)2)と呼ばれている含水鉱物の結晶構造と安定領域に関して,近年さまざまな分野で用いられている密度汎関数理論(Density functional theory,DFT)に基づく第一原理電子状態計算法を用いて得られた成果を紹介する.2.第一原理計算法の地球深部科学への応用近年,第一原理計算法は地球深部科学分野において重要な研究手段となっている.特に,電子の波動関数を平面波で展開し,擬ポテンシャルを用いて主に価電子のみを扱うことにより計算コストを低減させた手法(平面波基底+擬ポテンシャル法)を採用したパッケージ(VASP,Abinit,quantum-espressoなど)が広く普及し,実験分野を専門とする研究者が第一原理計算を行い研究発表する例も現れている.特に地球深部科学分野では,実験でアクセスしにくい超高圧下における鉱物の相安定関係の解明,構造探索,物性(圧縮挙動,弾性特性,地震波速度,粘性,光学特性,熱伝導度)の決定など多岐にわたり第一原理計算が用いられている.また,高圧条件だけではなく,フォノン状態密度の計算と準調和近似を用いて,もしくは第一原理分子動力学計算からマントル構成鉱物の高温下での熱力学特性や高温高圧相図を高精度に決定することも可能となってきた.著者は鉱物中の水素の挙動と地球深部の水の存在度に特に関心があり,実験で検知し難い超高圧条件における鉱物中の水素や水素結合の挙動を調べるために第一原理計算法を研究手段として用いている.3.地球深部への水の輸送水素は宇宙のなかで最も多く存在する元素である.地球表層において水素は,主に水(H 2O)の状態で存在する.この水は地球の材料であるとされる未分化の隕石(炭素質コンドライト)中に大量に(最大約10 wt%)含まれている一方で,現在の地球表面の70%を覆う表層水(海水)の地球質量に占める割合は実際のところごくわずか(約0.03%)でしかない.しかし水は島弧火山のような火成活動や地震の発生に深い関係があることが知られており,プレートテクトニクスやマントルの流動特性にも深いかかわりがあると議論されている.これは,水が地球構成物質の相安定関係や融点,粘性率などの物性などに大きな変化をもたらすためである.しかし,このような水の影響についてある程度定量的に調べられているのは上部マントルまでの圧力範囲(約0~14 GPa)に限られており,マントル遷移層以深における水の存在形態や,水がマントル鉱物の物性に与える効果については未解明な点が多く,それに応じて地球深部の水の存在48日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)