ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

福井宏之に比べ,圧縮異常が見られた圧力付近で10%弱ほど小さい値を示した.また,その圧力を超えた領域でも5%ほど小さい値を示した.本研究は約20 GPaまでの圧力領域での測定に基づいているため,見積もられる圧力に対する圧縮異常の影響が大きいのかもしれない.今後さらに圧力領域を拡大していく必要がある.4.課題と今後の展開単結晶弾性を測定するためには,試料は単結晶でなければならない.これは至極当たり前のことであるが,高圧下での測定を展開していく際にはとても重要である.物質を加圧する際に,応力が静水圧であれば問題はない.しかし固体圧媒体を用いて試料を圧縮する際は,どうしても剪断応力が発生してしまう.金の研究例では,C ijを約20 GPaまで測定したが,実はこの圧力を超えて金単結晶を加圧すると,ロッキングカーブの幅が急激に上昇した.これはモザイク性の悪化を意味しており,試料の結晶方位を精密に決定することが困難となる.金のモザイク性の悪化が見られた約20 GPaでは,粉末X線回折測定によりヘリウム圧媒体中の差応力が大きくなり始めることが報告されている. 20)一方でフェロペリクレイスの場合は,やはりロッキングカーブの幅が加圧により大きくなるものの,ヘリウム圧媒体を用いた場合では約60 GPaでもUBマトリクスを決定することができた.ヘリウム圧力媒体中での剪断応力の大きさは圧力が同じであるときほぼ同じであると考えれば,この差は試料の剛性率の差によるものであると言えよう.結晶形状の変形は転位の易動度と関係しており,転位を移動させるのに必要な応力(パイエルス力)は剛性率に比例している. 21)この比例定数は金属で小さいうえに,一般的に剛性率は金属では小さい.圧力媒体中から受ける剪断応力をパイエルス力に比べて十分小さくすれば試料の変形を抑えられる.これを実現する方法として,圧力媒体を加熱した状態で試料を加圧するというものが考えられる.加熱することで圧力媒体の流動性を高め,非静水圧性を減じさせることが狙いである.一方で転位の移動が格子熱振動の助けにより促進されるとともに, 21)物質の剛性率は一般的に温度とともに減少することから,高温ではパイエルス力は小さくなり変形は起きやすくなる.圧力媒体と試料の物性値の温度依存性によっては,温度を上げた条件での加圧は単結晶弾性測定の圧力範囲を広げることに有効であろう.単結晶を加熱した際に結晶性が悪くならないのであれば,前述の手法はそのまま高温高圧下での単結晶弾性測定へと応用できる.温度をコントロールした条件での測定は,グリュナイゼン定数を実験的に決定することにもつながり,地球内部条件への外挿を行うためには必要不可欠である.測定領域を高温側へと拡張することは喫緊の課題であるとともに,展開が非常に期待される.X線非弾性散乱の散乱断面積は小さく,これが高圧下の試料に対する測定を難しくしている.高圧下の物質からバックグラウンドの低いスペクトルを得ようとすれば,ビームを絞り試料以外からの散乱が起きないようにするとともに,試料に照射するフォトン数を最大化する必要がある.そのために焦点距離の短い集光光学系を使用すると,ビーム発散角が大きくなってしまう.低エミッタンス光源を用いることができれば,集光が容易になるとともにビーム発散も小さくなる.このような光源を用いると,微小物質に対する運動量分解のX線非弾性散乱はやりやすくなる.さらに低エミッタンス光に加えて高エネルギー光を用いることが,高圧物質に対するIXS測定においてはシグナル増大と測定圧力範囲の拡大の観点から有益である.圧力発生装置によりX線が試料へとアクセスできる角度範囲には制約がある.IXSシグナルはQが大きくなると大きくなる.また圧力が高くなると格子が縮み逆格子ベクトルGは大きくなるため,限られた角度範囲で多くの反射を測定するには波長の短い入射光が必要となる.近年議論が高まっている第3世代に次ぐ放射光源において,低エミッタンス化と高エネルギー領域でのフラックス増加を願うところである.謝辞本稿にて紹介した研究成果は理化学研究所のAlfredBaron博士をはじめ,多くの方々との共同研究によるものです.X線非弾性散乱測定はSPring-8のBL35XUおよびBL43LXUにおいて行われました(課題番号:2010B1206,2011A1452,2011B1425,2011B1536,2012A1406,2012A1452,2012B1196,2013A1047,2013B1054,2014B1290,2016A1058).文献1)A. M. Deziewonski and O. L. Anderson: Phys. Earth Planet.Interior 25, 297(1981).2)丹下慶範,土屋卓久:高圧力の科学と技術20, 210(2010).3)河野義生:高圧力の科学と技術20, 262(2010).4)村上元彦:高圧力の科学と技術20, 252(2010).5)原田仁平,坂田誠:日本結晶学会誌15, 359(1973).6)C. Kittel:キッテル固体物理学入門第4章,丸善7)N. W. Ashcroft and N. D. Mermin:固体物理の基礎第24章,吉岡書店8)A. Q. R. Baron: in Synchrotron Light Sources and Free-ElectronLasers, Ed. E. Jaeschke, S. Khan, J. R. Schneider and J. B. Hastings.p.1721, Springer International Publishing, Switzerland(2016).9)H. Fukui, T. Katsura, T. Kuribayashi, T. Matsuzaki, A. Yoneda, E.Ito, Y. Kudoh, S. Tsutsui and A. Q. R. Baron: J. Synchro. Radiat. 15,618(2008).10)H. Fukui, A. Yoneda, A. Nakatsuka, N. Tsujino, S. Kamada, E.Ohtani, A. Shatskiy, N. Hirao, S. Tsutsui, H. Uchiyama and A. Q. R.Baron: Sci. Rep. 6, 33337(2016).11)G. Masters, G. Laske, H. Bolton and A. Dziewonski: in Earth’s deep46日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)