ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

福井宏之図2Mg 0.943Fe 0.045Al 0.023Si 0.988O 3ブリッジマナイトのX線非弾性散乱スペクトルの一例.(A typical set of inelastic X-rayscattering spectra for Mg 0.943Fe 0.045Al 0.023Si 0.988O 3 bridgmanite.)各スペクトルの上部に,散乱ベクトルを試料の逆格子単位で示す.ピークについたラベルLは縦波モードを,Tは横波モードを示す.余談ではあるが,高圧下で粉末試料の非弾性散乱測定を行うと,ダイヤモンドの横波音響モードが観測される.これは,横波偏向ベクトルと散乱ベクトルとが厳密には直交していないことを意味している.さらに言えば,逆格子原点でも横波フォノンを測定できる可能性はある.話を元に戻そう.音響フォノンの信号強度は,S 1p(Q,ω)の表式から明らかなように,強いブラッグ反射の近くで強く,逆格子点に近付くほど強く,また散乱ベクトルが大きいほど強くなる.これらのことは,熱散漫散乱の強5度の議論)と同じである.第3世代放射光施設のX線非弾性散乱ビームラインで用いられている分光器では,二次元的に並べられた分光結晶(分光結晶アレイ)によりさまざまな運動量をもつフォノンを一度に測定できるようになっている(図1).測定されたX線非弾性散乱スペクトルの一例を図2に示す.散乱ベクトルを適当に選ぶことで,複数の音響フォノンを一度に測定することもできる.ピークフィッティングによりフォノンのエネルギーを求め,そこからフォノンの速度を計算することになる.ここで重要になるのは,求めたいのは位相速度ではなく長波長極限での群速度だということだ.つまり,フォノンの分散曲線の原点付近での傾きである.しかしながら,フォノン分散曲線の関数形はわからない.最近接相互作用のみを考えることで近似的にサイン関数の形で表すことができるので,特定の方向に伝搬するフォノンを数点測定してサイン関数のパラメータを求め,原点での群速度を求めるというやり方がある.しかしながら,対称性の高い方向についてフォノン分散を測定する方法では,分光結晶アレイのうち数個(厳密には1個)で測定されたスペクトルしか用いることができない.また,弾性スティフネス行列の非対角項は分散曲線から顕に決めることができないので,決定誤差が大きくなってしまう.われわれはフォノンの運動量が小さいところでは分散曲線が直線で近似できる(すなわち群速度が位相速度に等しい)とし,分光結晶アレイを活かしてさまざまな方向に伝搬する多数のフォノンモードに基づいて解析を行っている.9)得られたフォノンの伝搬方向と速度および密度を用いてクリストフェル方程式を立て,弾性スティフネス定数C ijを決定していく.ここで用いる密度もX線回折から実験的に求められる.対称性の高い方向のフォノンのみを用いる場合は,(測定時間の都合上)求めたいC ijの数と同じだけ式を立てることになるだろうが,多数のフォノンの情報を用いる場合は非線形最小二乗法により解を決定する.フォノンスペクトルの統計性が悪い場合でも,フィッティングに用いるフォノンのモード数を多くして冗長性を高めることにより,誤差の小さい結果が得られる.9)3.研究例この節では,実際の研究例について見ていく.ブリッ42日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)