ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

X線非弾性散乱法による単結晶のフォノン物性測定と地球内部科学物質の体積を変えながら弾性波速度(縦波および横波)を測定し,圧力を体積の関数として決定するものである.弾性波速度測定は,任意の温度の物質に対して行うことが可能である.弾性波速度から等温圧縮率を求めるためには,温度に依存した補正を施す必要はあるものの,原理的には任意の温度で体積と圧力の関係を求めること3ができる.このような試みは,超音波を用いた測定)や4ブリルアン散乱測定)により行われている.1.3結晶弾性とフォノン物性弾性波速度測定に置いて,われわれはX線を用いた手法を推進している.なぜ弾性波測定にX線を?と思われるかもしれない.例えば結晶構造解析に現れるデバイワラー因子や熱散漫散乱は原子の振動情報を含んでいるが,5)原子振動の内,長波長の音響モード振動が弾性波であり,X線回折にも弾性波の情報が含まれていることがわかる.古典的には,波の速度は波長と振動数の積である.弾性波を量子化したフォノンの速度はエネルギーと波数で表現される.つまり,熱散漫散乱をエネルギー分解して,フォノンとの衝突によるエネルギーおよび運動量の変化量を定量的に測定することにより,物質中でのフォノンの速度,すなわち弾性波の速度が見積もられるというわけだ.フォノンの非弾性散乱による弾性波速度測定法は,中性子散乱では古くから活用されており,6)さまざまな物質のフォノン分散曲線が中性子により測定されてきた.中性子のエネルギーとフォノンのエネルギーとが近いため,散乱された中性子のエネルギーを比較的簡便に分解計測することができたからである.エネルギー分解能が高いため,逆格子点近傍(すなわち長波長極限)での測定もやりやすく,弾性波速度の精密測定にも適しているように思われる.しかしながら,この方法を高圧鉱物へと応用することは,現状において難しいと思われる.X線非弾性散乱によるフォノン分散の測定は,以前は難しいと考えられていたが,7)第3世代の高輝度放射光源と高分解能分光結晶を用いることにより,実用的な手法となった.X線は中性子に比べると容易に集光することが可能なので,高圧試料とも相性が良い(それでも依然フラックスによる制約はある).またX線は試料を選ばないし,単結晶の方位決定や格子定数決定も非弾性散乱測定と同時に行うことができるため,高い精度での弾性波速度決定が期待できる.弾性波速度だけではなく,あらゆる音響フォノンや光学フォノンを測定できるので,光学測定では見えない格子振動測定への応用も可能である.現状におけるX線非弾性散乱実験について,詳8しくは文献)をご覧いただきたい.2.X線非弾性散乱による単結晶弾性率測定法この節では,X線非弾性散乱によりどのように弾性波速度を決定していくかについて説明する.1フォノンによるX線非弾性散乱断面積は,1フォノンによる動的構造因子S 1p(Q,ω)=N∑q∑1st Zone j|F 1p(G, q, j)| 2δQ-q, Gに比例する.ここで,Nは単位格子数,qは第1ブリルアンゾーン中のフォノンの運動量ベクトル,jはqをもつフォノンのモード,Gは逆格子ベクトル,Qは散乱ベクトル,そして( )F 1p(G, q, j)=1 fdQ∑d Q・e q jdexp(-Wd×iQ・r d)はωq j 2Md1フォノン構造因子である.8)また,ωq jはフォノンの振動数,dは単位格子内の原子数,fd(Q)は原子dの原子散乱因子,Mdは原子dの質量,e q jdはフォノンqjに関与する原子dの変位ベクトル(フォノンの偏向ベクトルに平行),Wdはデバイワラー因子,rdは原子dの位置を示す.フォノンによるX線非弾性散乱の強度はQとフォノン偏向ベクトルeの内積の二乗に比例するため,X線散乱ベクトルと直交した向きに振動するフォノンは測定することができない.逆格子原点(散乱角がゼロ)の周囲での横波フォノンがこれに該当する.よって,通常横波フォノンを測定する場合は,大きな散乱角で測定する(図1).図1L(a)(b)(c)||T|| LQ=? T =q=Q? ?0 0 1 q? L ?2G( , ? )L? T≠=TGX線非弾性散乱における散乱ベクトルQ,逆格子ベクトルG,フォノンの運動量ベクトルq,フォノンの偏向ベクトルeL,eTの関係.(RelationsbetweenascatteringvectorQ,areciprocallatticevectorG,aphononmomentumvector q, and phonon polarization vectors e L and e T in inelastic X-ray scattering measurements.)(a)縦波フォノン測定の場合.(b)横波フォノン測定の場合.図中の円はアナライザ結晶アレイを示す.(c)第1ブリルアンゾーンでの測定の場合.格子定数cが最も長い場合,0 0 1/2の内側が第1ブリルアンゾーン内部に対応する.日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)41