ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

興野純図8ヤーン・テラー効果をもつ陽イオンの3d軌道と酸素イオン間の静電反発によって誘発される正方晶系スピネル.(Tetragonally distorted spinel induced by electrostatic repulsion between oxygen ions and the 3d orbitals of a Jahn?Teller active cation.)(a)キュプロスピネルのMO 6八面体の伸長とTO 4四面体の圧縮,(b)高圧下でのクロム鉄鉱とウルボスピネルのMO 6八面体の圧縮とTO 4四面体の伸長,および(c)低温下でのクロム鉄鉱のMO 6八面体の伸長とTO 4四面体の圧縮.ルボスピネルの場合,収縮した八面体席の形態は,Fe 2+の3d x2-y2軌道と酸素イオンとの静電反発によるものと帰着することもできるが,この点を明確にするためにはさらなる実験が必要である.図8に,3d軌道と酸素イオンとの間の静電反発によるヤーン・テラー歪みメカニズムをまとめる.構造変化のパターンは3種類に分けることができる.キュプロスピネルの高圧相と低温相では,八面体席のCu 2+の3d z2軌道と酸素イオンが静電反発して,c軸方向に伸長するようなヤーン・テラー歪みが生じ,その影響で四面体席はc軸方向に収縮する(図8a).クロム鉄鉱およびウルボスピネルの高圧相は,ともに四面体席のO-T-O角が減少するように歪み,c軸方向に四面体席が伸長するヤーン・テラー歪みが生じて,この影響で八面体席はc軸方向に収縮する(図8b).クロム鉄鉱の低温相は,高圧相とは逆に,四面体席がc軸方向に収縮するヤーン・テラー歪みが生じ,これによって八面体席はc軸方向に伸長する(図8c).しかし,ウルボスピネルの低温相では,ヤーン・テラー歪みがかなり小さいため有意な差を検出することができない.4.3地球深部への展開660 kmの地震波の不連続境界より深部の下部マントルでは,スピネル構造のリングウッダイトはブリッジマナイト(Mg-ペロブスカイト)とフェロペリクレースに分解する.地震学的な研究からは,その深さは地域によって大きく異なることが示されている.38)-44)これらの地震観測を説明するために提案されたモデルの1つが,マントル内の化学的不均一性である.44)-48)リングウッダイトのスピネル構造は,多様な元素を構造に取り込むことができるため,マントル内の化学的不均一性をもたらす要因の1つになり得るかもしれない.Fe 2+は,スピネル構造の四面体席と八面体席の両方でヤーン・テラー効果を示す遷移金属であり,地球のマントルに豊富に存在している.49)-52)クロム鉄鉱系列のスピネル鉱物は,Cr 3+が八面体席に対して非常に大きい結晶場安定化エネルギーをもつため,強い八面体席選択性を示し,常に正スピネル構造をとる.したがって,クロム鉄鉱ではFe 2+は四面体席に分配され,高圧下では12.6 GPaでヤーン・テラー効果を発生させている.8)スピネル系列である鉄スピネル(FeAl 2O 4)においても,Fe 2+は四面体席に分配され,高圧下では四面体席においてヤーン・テラー効果を発生させることが予想されるが,現在のところ少なくとも7.5 GPaまでは相転移は観察されていない.53)しかし,クロム鉄鉱系列やスピネル系列のスピネル鉱物では,Fe 2+のヤーン・テラー効果をトリガーとする圧力誘起相転移はマントル中で普遍的に起こり得ることが十分考えられる.一方,磁鉄鉱系列のスピネル鉱物は,Fe 3+が四面体席と八面体席の両方で結晶場安定化エネルギーをもたないので,大部分が逆スピネル構造になる.そのため,Fe 2+は,結晶場安定化エネルギーが四面体席よりわずかに高い八面体席のほうに分配される.しかし,磁鉄鉱系列のスピネル鉱物では,八面体席のFe 2+はFe 3+と電子ホッピングをするため,Fe 2+が明瞭なヤーン・テラー効果は示さない.24)本来,スピネル構造は,圧力の増加に伴って八面体席が正八面体配置に近づいていく構造特性があることから,八面体席にヤーン・テラー効果を示す遷移金属が取り込まれた場合には,相転移を引き起こすと考えられる.結晶場分裂エネルギーは,八面体席のほうが四面体席よりも大きいことから,実際は,八面体席のヤーン・テラー効果をトリガーとする高圧相転移のほうが38日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)