ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

興野純図5スピネル鉱物における八面体席の角度歪みパラメーターの圧力変化.(The angular distortion parameter atthe octahedral site in spinel minerals as a function ofpressure.)P=0 GPaの角度歪みパラメーターと各圧力での値の比をプロットし比較した.CuFe 2O 4では,ab面内の長さの1.990 Aと比較して,c軸に沿って長さは2.180 Aと著しく伸長した八面体を示している.27)一方で,八面体席の角度歪みパラメーターσ2 octは,キュプロスピネルの高圧相で観察されるそれよりも小さい.したがって,圧力が増加するか温度が高温から室温に低下すると,八面体席の角度歪みが減少し,Cu 2+の3d z2軌道と八面体配位の酸素との間の静電反発力が増加するので,結果的にc軸に沿って伸長したヤーン・テラー歪みを発生させる.キュプロスピネルの四面体席の角度歪みパラメーターσ2 tetは,圧力誘起相転移によって2.91に上昇している.それに対して,Balagurov et al.(2013)の常温常圧で正方晶系のCuFe 2O 4では,四面体席の角度歪みはほとんど見られない.27)これは,Balagurov et al.(2013)のCuFe 2O 4の四面体席を占めるCu 2+の量が非常にわずかである(0.060apfu)ことに起因しているかもしれない.4.2ヤーン・テラー効果による立方晶系-正方晶系相転移本研究では,スピネル構造に及ぼすヤーン・テラー効果の影響を次のように評価する.ヤーン・テラー効果を示す遷移金属が主要元素として四面体席あるいは八面体席に配置しているとき,単位格子が伸縮することによってスピネル構造が立方晶系から正方晶系に相転移した場合には,その遷移金属のヤーン・テラー効果は活性化したと考える.ここで,四面体配位と八面体配位はお互いに頂点共有の関係にあるので,四面体席あるいは八面体席がc軸方向に伸長すると,八面体席あるいは四面体席は反対にc軸方向に収縮するはずであり,逆もまた同じである.四面体席あるいは八面体席がc軸方向に伸長または収縮し,四面体席あるいは八面体席もc軸方向に同じように変形している場合は,その構造変化はヤーン・テラー効果の影響ではないと考える.八面体席と四面体席の両方にヤーン・テラー効果を示す遷移金属が占有されている場合は,八面体席のd電子と配位子間の反発のほうが大きいことから,八面体席のヤーン・テラー歪みが構造変化のトリガーであると考える.クロム鉄鉱およびウルボスピネルでは,高圧および低温実験から,Fe 2+のヤーン・テラー効果によって誘発される立方晶系から正方晶系への相転移が観察されている.7),8),31)-34)これらの結果を本研究と比較することは有用である.表2は,キュプロスピネル,クロム鉄鉱,およびウルボスピネルにおけるいくつかの重要な構造および多面体パラメーター,歪みパラメーターを示す.クロム鉄鉱(FeCr 2O 4)の八面体席は,安定な電子配置(t 2g)3であるCr 3+が占有し,四面体席は,不安定な電子配置(e)(t 3 2)3でヤーン・テラー効果を示すFe 2+が占有している.35),36)高圧相転移で,四面体O-T-O結合角は,109.47°から106.5(2)°に減少し,c軸方向に伸長した四面体となる.これによって,八面体席はc軸方向に沿った2つのCr-O結合が短くなり,c軸に沿って収縮した八面体となり,その結果c/a=0.992となる格子歪みが生じる(表2).8)低温相転移では,90KでO-T-O角度は109.47°から111.8(1)°に増加して,c軸方向に収縮した四面体を与える.これに伴い八面体はc軸方向に沿って伸長した形態になり,結果としてc/a=0.985となる格子歪みを示す(表2).31)図6は,13.7 GPaのクロム鉄鉱の高圧相の電子軌道を示しており,四面体席のFe 2+の3d xy軌道がab面からわずかに傾いているという重要な示唆を与えている.一般的に,八面体席と比べて四面体席におけるヤーン・テラー効果は,3d軌道と陰イオンの相互作用軌道が直接向かい合わないので,四面体席の相互作用は八面体席よりも相対的に弱い.2),3)3d xy,3d yz,および3d zx軌道がそれぞれab面,bc面,およびac面に平行な場合は,四面体配位の4つの配位子の方向を直接向いている3d軌道はない.しかし,電子軌道計算の結果,3d xy軌道はab面から傾いている.つまり,3d xy軌道と酸素が接近するため3d xy軌道と酸素の間に反発力が発生している(図7).さらに,3d xy軌道のab面からの傾きの程度によっては,四面体席はヤーン・テラー効果でc軸方向に伸長,あるいは収縮されるような変形が起こり得る.これは,クロム鉄鉱の四面体席が,高圧下ではc軸方向に伸長するのに対し,低温下では逆にc軸方向に収縮するような変形が引き起こされている現象をうまく説明している.ウルボスピネル(Fe 2TiO 4)では,四面体席は不安定な電子配置(e)(t 3 2)3でヤーン・テラー効果を示すFe 2+が占有し,八面体席の半分は不安定な電子配置(t 2g)(e 4 g)2でヤーン・テラー効果を示すFe 2+が占有している.9)ウルボスピネルは,圧力が増加するかまたは温度が低下する36日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)