ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

ページ
41/76

このページは 日本結晶学会誌Vol60No1 の電子ブックに掲載されている41ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No1

マントル関連鉱物の高圧単結晶X線構造解析:ヤーン・テラー効果によるスピネル鉱物の高圧相転移図34.6GPaで正方晶系に歪んだキュプロスピネルの結晶構造.(Crystal structure of the tetragonally distortedcuprospinel at 4.6 GPa.)が発生する.正方晶系に相転移した八面体席では,等しい結合距離をもつc軸に平行な2つのM-O結合とab面に平行な4つのM-O結合に分かれる.ここでは,八面体席のCu 2+のヤーン・テラー効果が,c軸方向に伸びた形の八面体を生じさせている(図3).一方,四面体席は,O-T-O結合角が109.47°から111.7(7)°に増加し,c軸方向に収縮した形態に変形している(図3).四面体の4つの頂点は,c軸方向に平行に整列した八面体の頂点と共有している.したがって,c軸方向に沿った八面体の伸縮は,四面体の収縮または伸長を伴い,八面体と四面体とc軸方向への伸縮の足し合わせによって,単位格子のc軸の長さが決まる.本研究では,高圧相転移によって,c軸がa軸よりもわずかに長くなる.格子歪みパラメーターとして広く使用されているc/a比は,4.6 GPaではc/a=1.002であり,5.9 GPaでは1.007となり,圧力に伴って増加している.この圧力に伴うc/a比の増加は,c軸方向への八面体席の伸長と四面体席の収縮が圧力によってさらに進行していることを示唆している.ヤーン・テラー効果の原因である3d軌道と配位子である酸素間の反結合性軌道は,X線構造解析の結果からは直接見ることはできない.本研究では,3d軌道と酸素間の反発を視覚化するために,電子軌道計算を行った.図4は,キュプロスピネルの高圧相の電子軌道状態を示している.Cu 2+とO2-の間には強い軌道相互作用が存在しCu-O結合が反結合性軌道を有しており,正方晶系への相転移が八面体席のCu 2+の3d z2軌道の空間分布に起因していることがわかる(図4).つまり,X線回折測定によって観察された八面体席のc軸方向に伸長した形態は,Cu 2+とO2-の間の正および負の波動関数の反発相互作用が原因であることが明らかとなった.日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)図44.6GPaで正方晶系に歪んだキュプロスピネルの電子軌道.(Electronic orbitals in the tetragonallydistorted cuprospinel at 4.6 GPa.)赤と緑は波動関数の正と負の位相を示す.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.4.議論4.1 Cu 2+およびFe 2+のヤーン・テラー歪みBalagurov et al.(2013)によれば,常温常圧で正方晶系に歪んでいるCuFe 2O 4では,四面体席にはCu 2+はわずか0.060apfuで,残りの大部分は八面体席に分布した,逆スピネル構造である.27)本研究で合成したキュプロスピネルの化学組成は(Fe T 3+0.90Cu 2+0.10)Σ1.00M(Fe 3+1.10Fe 2+0.40Cu 2+0.50)Σ2.00O 4であり,常温常圧では立方晶系で,Cu 2+は八面体席への席選択性を示している.したがって,本研究のキュプロスピネルも,逆スピネル構造に分類できる.八面体および四面体の歪みは,長さ歪みパラメーター(λ)や角度歪みパラメーター(σ2)を用いて定量化できる.28)しかし,立方晶系であるスピネル構造では,四面体席と八面体席の結合距離はすべて等しいため長さ歪みλは発生しない.また,四面体席の結合角も常に109.47°になるため角度歪みも発生しない.スピネル構造では,八面体席の角度歪みパラメーターσ2 octのみが多面体歪みパラメーターとして利用できる.ここで,キュプロスピネルの八面体席の角度歪みパラメーターσ2 octが,圧力に伴って減少することは注目に値する(図5).この傾向は,スピネル鉱物であるリングウッダイトやFe 2SiO 4スピネル,クロム鉄鉱でも同様に観察される(図5).8),29),30)Balagurovet al.(2013)は,CuFe 2O 4の単位格子の変化は,明確な温度依存性を示すことを実験的に明らかにした.高温で安定な立方晶系のCuFe 2O 4は,440℃より低温になると正方晶系に相転移する.27)温度が低下すると,c/a比は単調に増加し,20℃でc/a=1.060というきわめて高い値に達する.Balagurov et al.(2013)の常温常圧で正方晶系の35