ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

興野純(a)(b)図1(a)単位格子体積および(b)格子定数の圧力変化.(Variation of(a)the unit cell volume and(b)the unit cellparameters with pressure.)測定偏差は,図中の記号よりも小さい.図2立方晶系F格子と正方晶系I格子の構造関係.(Structural relationship between the cubic F-latticeand the tetragonal I-lattice.)することでゼロ圧力体積V 0および体積弾性率K 0を精密化した.このとき,K'は4.0に固定した.最小二乗法によって,V0=590.7(1)A 3およびK 0=188(4)GPaが得られた.これらの値は,四面体席のすべてをFe 3+が占有し,八面体席をFe 2+とFe 3+が半分ずつ占めている磁鉄鉱(Fe 2+Fe 3+2O 4)のV 0=588.0(1)A 3,K 0=186(5)GPa,K'=4.0(固定)23)とほぼ同じ値となった.4.6 GPaにおいて,正方晶系,空間群I4 1/amdに相転移した後の結晶構造は,38個の独立な反射強度データを用いて,R1=0.0332,wR2=0.0703,GooF=1.232に精密化された.キュプロスピネルの四面体席は,安定な電子配置(e)2(t2)3をもつFe 3+が90%,不安定な電子配置(e)4(t2)5でヤーン・テラー効果を示すCu 2+が10%占めている.一方,八面体席は,安定な電子配置(t 2g)3(eg)2をもつFe 3+が55%,不安定な電子配置(t 2g)4(eg)2でヤーン・テラー効果を示すFe 2+が20%,不安定な電子配置(t 2g)6(eg)3でヤーン・テラー効果を示すCu 2+が25%占めている.八面体席のFe 2+は,理論的には弱いヤーン・テラー効果を示す.磁鉄鉱T(Fe 3+)M(Fe 2+1.0Fe 3+1.0)Σ2.0O 4は,八面体席にはFe 2+とFe 3+が配置し,八面体席のFe 2+とFe 3+はお互いが電子ホッピングしていることがよく知られている.その結果,磁鉄鉱の八面体席はFe 2.5+で表される中間的なFeの原子価となり,Fe 2+のヤーン・テラー効果は弱められている.24)キュプロスピネルにおいてもこれと同様に,八面体席のFe 2+がFe 3+と電子ホッピングしていると考えられることから,Fe 2+のヤーン・テラー効果はCu 2+のヤーン・テラー効果よりもはるかに弱いと考えてよい.キュプロスピネルは,圧力によって,四面体席および八面体席が3.8GPaまで等方的に圧縮され,3.8 GPaから4.6 GPaの間にCu 2+によるヤーン・テラー歪みが発生し,非等方的に変形している.57 Fe高圧メスバウアー分光実験では,8 GPaから17 GPaにおいて,磁鉄鉱の四面体席を占めるFe 3+が八面体席を占有するFe 2+と入れ替わり,逆-正スピネル転移を引き起こすことが示されている.25),26)この逆-正スピネル転移では,Fe 2+とFe 3+の間の電荷移動により四面体および八面体の体積変化が起きる.しかし,少なくとも4.6 GPaの圧力ではこのような電荷移動が起こるとは考えにくい.スピネル構造におけるヤーン・テラー効果を正しく理解するためには,結晶場理論を理解しておく必要がある.d電子は,直交座標軸方向のx軸およびy軸方向に広がりをもつd x2-y2軌道と,z軸方向に広がりをもつd z2軌道がある.正八面体の結晶場では,d x2-y2,d z2軌道は,軌道の方向と正八面体の配位子は同じ方向を向いてるため,d電子と配位子間に強い反発力が発生する.正四面体の結晶場では,d xy,d yz,d zx軌道の方向に配位子が位置しているが,直接向かい合ってはいない.そのため,八面体席のほうが四面体席よりも強いヤーン・テラー歪みを発する.キュプロスピネルの立方晶系から正方晶系への相転移は,より強いヤーン・テラー効果を生じる八面体席のCu 2+によって引き起こされていると考えて間違いない.立方晶系のスピネル構造では,四面体席と八面体席は等方的な変形しか起こらないが,正方晶系に相転移すると,八面体席の結合距離と四面体席の結合角に自由度34日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)