ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

ページ
37/76

このページは 日本結晶学会誌Vol60No1 の電子ブックに掲載されている37ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No1

温度を変数とした地球内部アナログ物質の構造研究:CaGeO 3高圧ペロブスカイト相についてペロブスカイト構造への高温相転移はないと予測されるが,もしCaTiO 3ペロブスカイトと同じ一連の高温相転移が高圧下でのMgSiO 3ブリッジマナイトにも現れるのなら,TcはCaTiO 3ペロブスカイトで観察されたもの(Pbnm→I4/mcm転移に対して1,512 K,I4/mcm→Pm3m転移に対して1,635 K)10)よりもさらに高くなるはずである.したがって,MgSiO 3ブリッジマナイトにおいて7.3 GPa・3600 K付近で示唆された相転移)が存在していたとしても,それはCaTiO 3ペロブスカイトで観測された高対称な低圧高温相への相転移ではなく,低対称な高圧低温相への相転移であろう.また,MgSiO 3ブリッジマナイトが,下部マントル中でポストペロブスカイト相へ相転移するまでの間(約23 GPa・1,900 K~125 GPa・2,500 K),高対称な低圧高温相あるいは低対称な高圧低温相のいずれにせよ,Shim et al. 4)によって示唆されたように,Pbnm構造とは異なる対称性のペロブスカイト相へ相転移する可能性は十分にある.4.おわりに本稿では,地球惑星科学におけるアナログ物質を用いた構造研究の一例を紹介した.その中で,X線構造解析で求めたMSDの温度依存性からDebye温度を実験的に決定する方法論について述べた.最後に,その手法の地球惑星科学的意義について強調しておきたい.Debye温度は,比熱,体積熱膨張,弾性波速度,熱伝導,熱拡散など,格子振動に関係した固体の性質を特性付ける物理定数である.逆に言えば,物質のDebye温度が求まれば,これら物性値を見積もることが可能である.地球内部におけるこれら物性の理解は地球内部ダイナミックスを議論する上で必要不可欠である.例えば,地球内部物質の弾性波速度は地球内部の地震波速度分布を予測・解釈する上で,また,熱伝導・熱拡散はプレート運動の原動力を考察する上で非常に重要である.このような地球科学的な重要性にもかかわらず,多くの地球内部物質においてDebye温度は知られていない.さらに,地球内部におけるこれら物性の議論に対して,地球内部物質における各物性の異方性は非常に重要な情報を与えうる.しかし,鉱物結晶のマクロな性質である比熱や体積熱膨張など従来の手法で求めたDebye温度は構成原子の総体的な平均値であり,しかも等方的な値にすぎず,これから求めた各物性値もまた等方的な平均値にすぎない.対照的に,X線回折法から求まる各構成原子の異方性MSDの温度依存性からは,本稿で示したように各構成原子に対して個別にDebye温度の異方性が決定できるので,各物性の異方性とそれに対する各構成原子の寄与を求めることが可能である.このアプローチをさまざまな地球内部物質とそのアナログ物質に適用すれば,地球内部ダイナミックスのさらなる理解の進展が期待できるであろう.日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)謝辞本稿で紹介した研究の一部は,JSPS科研費15K05344の助成ならびに高エネ研PFの共同利用実験課題2010G608のもとで遂行された.ここに感謝する.文献1)K. Hirose: J. Geophys. Res. 107, 2078(2002).2)例えば,M. Murakami, K. Hirose, K. Kawamura, N. Sata and Y.Ohishi: Science 304, 855(2004).3)Y. Wang, D. J. Weidner, R. C. Liebermann, X. Liu, J. Ko, M. T.Vaughan, Y. Zhao, A. Yeganeh-Haeri and R. E. G. Pacalo: Science251, 410(1991).4)S. -H. Shim, T. S. Duffy and G. Shen: Science 293, 2437(2001).5)例えば,H. Horiuchi, E. Ito and D. J. Weidner: Am. Mineral. 72,357(1987).6)例えば,H. Dekura, T. Tsuchiya and J. Tsuchiya: Phys. Rev. Lett.110, 025904(2013).7)M. Madon, F. Guyot, J. Peyronneau and J. P. Poirier: Phys. Chem.Minerals 16, 320(1989).8)X. Liu, Y. Wang, R. C. Liebermann, P. D. Maniar and A. Navrotsky:Phys. Chem. Minerals 18, 224(1991).9)D. J. Durben, G. H. Wolf and P. F. McMillan: Phys. Chem. Minerals18, 215(1991).10)M. Yashima and R. Ali: Solid State Ionics 180, 120(2009).11)A. Nakatsuka, S. Kuribayashi, N. Nakayama, H. Fukui, H. Arima,A. Yoneda and A. Yoshiasa: Am. Mineral. 100, 1190(2015).12)S. Sasaki, C. T. Prewitt and R. C. Liebermann: Am. Mineral. 68,1189(1983).13)D. Wang and R. J. Angel: Acta Cryst. B67, 302(2011).14)例えば,B. J. Kennedy, C. J. Howard and B. C. Chakoumakos: J.Phys. Cond. Mat. 11, 1479(1999).15)B. T. M Willis and A. W. Pryor: Thermal vibrations inCrystallography, Cambridge University Press(1975).16)A. Nakatsuka, M. Shimokawa, N. Nakayama, O. Ohtaka, H. Arima,M. Okube and A. Yoshiasa: Am. Mineral. 96, 1593(2011).17)J. Zhao, N. L. Ross and R. J. Angel: Acta Cryst. B60, 263(2004).18)R. J. Angel, J. Zhao and N. L. Ross: Phys. Rev. Lett. 95, 025503(2005).19)M. Sugahara, A. Yoshiasa, Y. Komatsu, T. Yamanaka, N. Bolfan-Casanova, A. Nakatsuka, S. Sasaki and M. Tanaka: Am. Mineral.91, 533(2006).プロフィール中塚晃彦Akihiko NAKATSUKA山口大学大学院創成科学研究科Graduate School of Sciences and Technology forInnovation, Yamaguchi University〒755-8611山口県宇部市常盤台2-16-12-16-1 Tokiwadai, Ube, Yamaguchi 755-8611, Japane-mail: tuka@yamaguchi-u.ac.jp最終学歴:大阪大学大学院理学研究科博士後期課程修了(1997年)専門分野:鉱物結晶学,無機物質科学現在の研究テーマ:温度を変数としたX線結晶学趣味:ふぐ料理,蕎麦,「由紀さおり」による大人のJ-POP31