ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

ページ
28/76

このページは 日本結晶学会誌Vol60No1 の電子ブックに掲載されている28ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No1

長瀬敏郎形成時の表面自由エネルギーの有利性で安定相よりも準安定相の形成頻度が高くなるというものである.26)この核形成理論では,核形成に必要な活性化自由エネルギーは表面自由エネルギーの増加分とバルク自由エネルギーの減少分の兼ね合いによって決まる.しかしながら,実際の鉱物を見ると,この理論とは矛盾する組織が観察される.準安定相の結晶の初期段階には欠陥構造を多く含んだ組織が観察され,あるいは安定相が初期晶出相となっていることが多い.モガン石もTEM観察により結晶の中に多数の積層欠陥が観察された.欠陥構造を多く含んだ組織は,バルクの自由エネルギーを上昇させ,核形成に必要な活性化自由エネルギーも高くなり,核形成頻度は減少する.核形成理論では,核形成に有利な結晶は小さな結晶表面積をもち,完全な結晶構造をもつ.理論と実際が矛盾している.モガン石の場合,石英である安定相が初期晶出相にあり,成長とともに準安定相へと移行する.すなわち,核形成時の有利性はこの場合は働いていない.モガン石の場合の準安定相の形成要因は成長過程にある.なぜ,天然の準安定相の組織は,これまでの準安定相の形成モデルとは合わないのであろうか.これは,反応の律速過程が異なるところに原因がある.核形成過程では,溶液との反応において表面自由エネルギーによる溶解度の上昇分を考慮することで,溶解度の小さいものほど核形成に有利であるという条件のもとに成り立っている.しかしながら,シリカ鉱物などの難溶性鉱物では,表面反応が非常に遅く,溶解と成長反応が緩慢なため,溶液と結晶の平衡は保たれていない.溶液中のシリカの溶存量は,それと共存する鉱物の結晶度を反映していないため,表面自由エネルギーの効果は期待できない.可溶性の鉱物の場合では溶液と結晶の反応が早く,この理論が成り立つかもしれないが,難溶性の鉱物では成立しない.実際,地球表層環境で出現する準安定層は難溶性鉱物が多い.このような難溶性鉱物の形成反応は表面反応律速,すなわち結晶表面で起こる反応によって支配されている.これは,実験室で行われる反応の多くが拡散律速条件であることと大きく異なる点でもある.もちろん,多くの鉱物は温度を上げていけば可溶性となり,表面反応律速から拡散律速へと移行すると考えられる.この移行する温度は,シリカ鉱物では300度付近と予想されている.27)すなわち,地球表層環境での鉱物反応の多くは表面反応に律速され,この表面反応の多様性によって複雑な組織が形成されている.結晶表面での遅い反応こそが鉱物の多様性を生じる最も重要な要因である.生成温度の低下とともに石英の成長が遅くなり,細粒化が生じたと考えると,この石英表面での成長プロセスの変化にモガン石の形成の鍵が隠されている.7.準安定相と精密構造解析鉱物の表面反応の多様性と準安定相のかかわりについて,ここで,もう1つ例を上げる.それは結晶構造の多様性である.柘榴石(garnet)は多くの教科書では等軸晶系として記されているが,実際に天然の柘榴石を調べると,等軸晶系はもちろん,直方晶系や単斜晶系,さらには三斜晶系までさまざまな構造が存在する.28)-32)方沸石(analcime)も同じで等軸晶系から三斜晶系までさまざまな構造が報告されている.33)現在はこれらすべてが柘榴石ならびに方沸石として登録されている.同じ鉱物種でも結晶構造に多様性がある.鉱物種は化学組成と結晶構造により定義され,普通,結晶構造が異なれば新種として登録される.柘榴石や方沸石などの結晶構造の多様性は鉱物の定義に反しないのかと思われるが,IMAではこの現象を認知し,トポロジカル相似の構造には新たな名前を現在は与えていない.柘榴石や方沸石での結晶構造の多様性は,結晶構造中での原子配列の秩序度が異なるためである.原子の秩序度によって構造が異なることは珍しいことではない.特異なのは1つの結晶にいくつかの異なった秩序度をもつ分域が入り混じり,それが同時に成長している点である.この組織はAkizukiand Sunagawa(1978)34)により発見され,構造セクター(structural sector)とよばれる.一見単結晶に見える結晶の中に異なる対称性をもつ領域が含まれている.Akizukiand Sunagawa(1978)は,構造セクターは結晶構造中の原子の秩序度が,成長する面によって変化するということを光学顕微鏡の観察から予測し,その後の結晶構造の精密解析からこの現象が立証されてきた.秩序な原子配列の構造が安定なのか,無秩序な構造が原子配列の安定なのかは熱力学的な解析によってしか判断できないが,少なくともどちらかは(あるいは両方)準安定相である.こうした事実からも,準安定相が構造の多様性を広げていることがわかる.準安定相の形成には,結晶成長のプロセスが大きくかかわることが示されている.結晶構造中の原子配列の秩序度に起因する組織の解析は,現在では単結晶X線回折解析に頼るところが大きい.組織解析のため,均一な部分の制約を受け,体積の小さな試料での解析を強いられる場合が多い.このため,結晶構造解析には放射光による解析が活用される.しかしながら,結晶表面のカイネティクスが結晶構造に及ぼす影響については,いまだ十分に解析されていない.これらを明らかにするには,各成長面の組織と内部構造とを正確に対比する必要がある.これらの研究はNakamuraet al.(2016,2017)35),36)などにより現在も研究が進められている.その結果,現在のところ,鉱物組織の多様性や準安定相の形成理由が結晶表面の反応にあるとして解析を進めることにより,矛盾なく天然での現象を説明22日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)