ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

長瀬敏郎相鉱物の多くは地球表層部で見つかっており,準安定相は地球表層部での鉱物反応において重要な役割をしている.2.2細粒組織地表付近に産する鉱物の特徴としては,準安定相の出現以外に,組織の多様性が挙げられる.火成岩中の鉱物組織と比較して,地表付近の鉱物組織はきわめて複雑である.鉱物コレクターが鉱物の産地をほぼ言い当てられるのは,このような鉱物組織の違いを読み取るからである.組織は結晶構造の揺らぎや欠陥であり,このような揺らぎや欠陥が存在すると結晶全体の熱力学的自由エネルギーは高くなる.絶対的な平衡論では最も低い自由エネルギー状態にならなければならない.しかし,地球表層部の鉱物にはさまざまな組織が認められ,これらの組織を考慮すれば,安定相でさえ準安定な状態となっている.組織は,鉱物の成長時,そして,その後の遍歴を記録している.このような産地ごとの履歴の違いにより,同じ鉱物でありながら,それぞれ異なる組織や形態をもつことが,鉱物の個性であり魅力である.地表付近での鉱物組織の特徴の1つに細粒結晶がある.粘土鉱物も細粒結晶の例の1つであり,石英も地表付近で形成されたものは細粒結晶集合体となり,この細粒結晶集合体の1つが玉髄である.玉髄はバルクの結晶とは異なる特徴がある.その1つが構成する結晶の伸長軸の違いである.石英のバルク結晶はc軸方向に伸びた六角柱状の形態を一般的にとるが,玉髄の構成粒子はc軸に垂直な方向に伸長していると考えられている.11),12)伸長方向は光学顕微鏡下で見られる玉髄の繊維の光学的特性から決定できる.このように,細粒粒子集合体となると同時に結晶の形態的特徴も大きな結晶と異なる.結晶が小さくなると,体積当たりの表面積(比表面積)が増える分だけ表面自由エネルギーが増加し,溶解度を上昇させる.特に玉髄を構成する石英粒子の大きさは数十ナノメートルと小さくその影響は大きい.玉髄の溶解度はバルクの石英結晶にくらべて数倍高く,13),14)溶解度の大小は自由エネルギーの大小と相関することから,細粒結晶集合も最も安定な状態ではなく,より小さな粒子ほどそのエネルギー的には高い状態にある.3.シリカ鉱物の準安定相モガン石地表付近での鉱物の特徴の1つとして準安定相の出現を挙げたが,玉髄も細粒な石英結晶のほかにモガン石という準安定相を含む.玉髄の場合,溶解度の上昇は石英粒子の細粒化によるだけではなく,玉髄中に含まれるモガン石の存在が影響していると考えられている.モガン石はシリカ(SiO 2)の多形であり(Florke, et al.1976;1984),15),16)その結晶構造は,石英の右水晶の部分構造と左水晶の部分構造を(101)面で繰り返したもの図1モガン石の結晶構造(010)投影図.(Crystal structureof moganite projected on(010)).図中のRならびにLは石英の右構造と左構造の部分構造に類似する.に相当する(図1).17)モガン石は石英と類似した構造をもち,両者のX線回折パターンが似ているため,モガン石の存在は見落とされていた.しかし,Heaney and Post(1992)5)により,玉髄をはじめとする珪質堆積物中にモガン石は普遍的に産出することが明らかにされた.近年,ラマン分光法によりモガン石を容易に同定し,石英との量比を見積もることができるようになった.18),19)そして,多くの試料中からもモガン石が発見され,モガン石はポピュラーな鉱物の1つとなった.しかしながら,モガン石が単体で産することはなく,目に見える大きさの単結晶はいまだ見つかっていない.モガン石は必ず石英を伴って産出する不可思議な鉱物である.4.鉱物組織の電子顕微鏡観察地球表層部を構成する鉱物の特徴に準安定相の存在と鉱物の細粒化があり,準安定相の存在と鉱物の細粒化は,鉱物の性質を変え,溶液との反応性を高くする.ではなぜ,準安定相が出現したり,鉱物粒子が細粒化するのだろうか.それを解き明かすための1つの手法は鉱物の内部組織から核形成や成長に関する情報を引き出し,それを解読することである.地球表層部を構成する鉱物,例えば,粘土鉱物や玉髄中の石英など,ナノメートルスケールの小さな鉱物を観察するには透過型電子顕微鏡(TEM)が最も優れた手法である.しかし,鉱物の形成過程を知るためには,玉髄の組織がどのように変化していくのか,形成の初期から後期に向かって順序ごとに解析しなければならない.地質調査において古い地層から新しい地層へと一枚一枚の地層を観察し,それぞれの地層でのイベントを確かめるのに似ている.また,準安定相の比較的大きな結晶を観察する際にも,結晶のどの部分を今見ているのかを把握する必要がある.何故なら,天然の鉱物では,人工結晶などに比べて不均一性す18日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)