ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

グラファイト-ダイヤモンド相転移の結晶化・組織化メカニズムサイズや欠陥密度,配向性など)に大きく依存し,さまざまな微細組織をもった多結晶ダイヤモンドが実験室や天然において生み出されている.ひとたびそのメカニズムがわかれば,実験室においてそれを作製するのはそう難しいことではない.実際,世界“最硬”のナノ多結晶ダイヤモンドをはじめ,さまざまなバラエティが合成され,その工業利用も進められている.一方,それとほぼ同等のダイヤモンドが自然界で偶然にも作られていたとは,驚くべきことである.一般に,ナノサイズの粒子は体積に対して表面積が大きい(つまり界面エネルギーが高い)ため,それらが集合したナノ多結晶体はエネルギー的には不安定であると言える.よって,結晶が十分に成長できる環境に置かれている場合は,全体としての界面エネルギーを下げるため粒成長が起こる.それゆえ,定常的に高温高圧条件に置かれた地球深部で生成したダイヤモンドにおいては,NPDは見つからないのだ.隕石衝突で生成したインパクトダイヤにおいてナノ多結晶組織が形成されたのは,以下の2つの要素が満たされていたからと考えられる. 32)1つ目は,衝突の衝撃によって母岩に含まれていた単結晶グラファイト中に多数の欠陥が導入され,結晶子の断片化やモザイク化が起こり,ダイヤモンドへの相転移および多核形成が促進されたこと.2つ目は,衝撃によって与えられた高温高圧状態がきわめて短時間であったため,ダイヤモンドの粒成長が抑制されたことだ.これにより,ユニークなナノ多結晶組織を有するインパクトダイヤモンドが形成されたのだ.表1は合成NPDと天然NPD(Popigai産インパクトダイヤモンド)の特徴や生成条件の比較を示したものだ.両者では,出発物質や生成温度圧力条件,そして加圧の方法(静的圧縮か,動的圧縮か)など大きく異なるが,ほぼ同等の生成物が得られている.特に,衝撃圧によって形成されるインパクトダイヤの場合,その反応時間は約数十ミリ秒ときわめて短いにもかかわらず,純粋なNPDが得られている.これは温度圧力条件が十分に高ければ,グラファイト-ダイヤモンド相転移がきわめて短時間のうちに完了することを意味している.反応の進行を決めるうえで温度は特に重要と考えられ,筆者らが研究に使用した10粒の試料における色と透光性のバリエーション(グラファイトや六方晶ダイヤの含有量に依存)は,主に隕石衝突時のクレーターにおける温度不均質(低温ほどグラファイトが残留)を反映しているものと予想される.以上を踏まえると,炭素物質を豊富に含む岩体に巨大隕石が衝突した場合,そのクレーター内部では比較的簡単にナノ多結晶ダイヤモンドが生成されるかもしれない.すでにインパクトダイヤを産することが知られているSudburyクレーターやRiseクレーターにおいても,今日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)表1合成および天然ナノ多結晶ダイヤモンドの特徴と生成条件の比較合成ナノ多結晶ダイヤPopigai産インパクトダイヤ出発原料グラファイト多結晶体単結晶グラファイト生成条件反応時間~20分数十ミリ秒(?)色濃~淡黄色透明淡黄色透明サイズ最大径10 mm×高さ10 mm1 mm以下~10 mm粒径50 nm以下50 nm以下硬度~140 GPa(ヌープ硬度)?応用切削用・精密加工用工具切削用・精密加工用工具(可能性)高圧装置用アンビルなど研磨剤など(?)後天然NPDが発見される可能性は高いだろう.また逆に,地表の漂砂(漂砂鉱床)から同様の微細組織を有する多結晶ダイヤモンドが見つかった場合,それらは付近における巨大隕石衝突孔の存在を示唆する指標となり得るだろう.実際,筆者らは最近,ロシア,シベリアのYakutia地方より採取されたYakutiteという特異な多結晶ダイヤモンドがPopigaiクレーターからの長距離飛来物(インパクトダイヤ)であることを同定している. 33)これらの天然NPDは合成NPDと同等の微細組織をもつため,優れた硬度や耐摩耗特性を有すると考えられ,切削工具や研磨剤としての応用も期待できるかもしれない.謝辞本稿で紹介した研究を進めるにあたって,ご協力いただいた共同研究者の皆さまに深く感謝したい.特に,愛媛大学の入舩徹男氏,住友電工㈱の角谷均氏には有益なご助言をいただいた.また本稿をまとめる機会を与えていただいた山口大学の中塚晃彦氏にお礼申し上げる.本稿で紹介した研究の一部は,日本学術振興会科学研究費の助成を受けて行ったものである.文献1)T. Irifune, A. Kurio, S. Sakamoto, T. Inoue and H. Sumiya: Nature421, 599(2003).2)E. O. Hall: Proc. Phys. Soc. London B 64, 747(1951).3)N. J. Petch: J. Iron Steel Inst. 174, 25(1953).4)F. P. Bundy: Science 137, 1057(1962).5)F. P. Bundy: J. Chem. Phys. 38, 631(1963).6)F. P. Bundy and J. S. Kasper: J. Chem. Phys. 46, 631(1967).7)C. Frondel and U. B. Marvin: Nature 214, 587(1967).8)T. Yagi, W. Utsumi, M. Yamanaka, M. Kikegawa and O. Shimomura:Phys. Rev. B 46, 6031(1992).9)A. Yoshiasa, Y. Murai, O. Ohtaka and T. Katsura: Jpn. J. Appl. Phys.42, 1694(2003).10)W. Utsumi and T. Yagi: Science 252, 1542(1991).11)X. -F. Zhou, G. -R. Qian, X. Dong, L. Zhang, Y. Tian and H. -T.Wang: Phys. Rev. B 82, 134126(2010).12)J. -T. Wang, C. Chen and Y. Kawazoe: Phys. Rev. Lett. 106, 075501(2011).13)S. E. Boulfelfel, A. R. Oganov and S. Leoni: Sci. Rep. 2, 471(2012).14)V. F. Britun, A. V. Kurdyumov and I. A. Petrusha: Powder Metall.15