ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No1

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概要

日本結晶学会誌Vol60No1

大藤弘明進められている.これまで筆者は,透過電子顕微鏡(TEM)を用いたNPDの微細組織観察を通して,グラファイト-ダイヤモンド相転移において,どのようにダイヤモンドの結晶化・組織化が進行するのかを調べてきた.そのメカニズムが明らかになることにより,ダイヤモンドの組織制御への道が拓け,NPDのさらなる高品質化やユニークな微細組織をもった新たなバラエティを生み出すことも可能となった.さらに,天然の隕石中や隕石衝突孔より産する“インパクトダイヤモンド”の生成プロセスやその組織化のメカニズムを制約するうえでも重要な手掛かりを与えた.本稿では,その一連の研究成果の概要について紹介させていただきたい.2.実験室におけるグラファイト-ダイヤモンド相転移ダイヤモンドを人工的に合成しようという試みは,19世紀後半より取り組まれ,1950年代には高温高圧法と化学気相蒸着(CVD)法という2つの再現可能な合成方法が確立された.前者では,高圧装置を用いて人工的に高温高圧条件を作り出し,鉄やニッケルなどの金属触媒を利用して出発物質のグラファイト(黒鉛)からダイヤモンドへ反応させる.一方,後者では,メタンと水素の混合ガスをプラズマ放電などにより熱分解し,基板の上にダイヤモンドを準安定的に成長させる.これらの手法は現在でもダイヤモンド合成の主流とされ,さまざまな改良が加えられながら発展を続けている.一方,グラファイトを直接ダイヤモンドへ相転移させようという試みも古くから行われており,特に,Bundy4),5による実験)はその先駆け的研究として注目されていた.Bundyは13~20 GPaまで静的に加圧したグラファイトに直接通電することによって3,000 Kを超える瞬間的な加熱を行い,ダイヤモンドへ直接相転移させることに初めて成功した.さらにその数年後,彼らは,グラファイトから炭素の新しい結晶相として六方晶ダイヤモンドを合成することにも成功している.6)六方晶ダイヤモンドは,通常のダイヤモンド(立方晶)を構成するsp3結合炭素の四面体ユニットが六方最密充填した結晶構造をとっており,ちょうど当時,米・アリゾナ州のバリンジャー隕石孔に落下したCanyon Diablo隕石中より発見された新鉱物,ロンズデーライト7)に対比されるものであった.六方晶ダイヤモンドは熱力学的には準安定相であるが,高圧下でのグラファイトからのマルテンサイト(無拡散)相転移によって生成することがわかっている.マルテンサイト相転移は母相を構成する原子が協同的に移動することによって起こるため,相転移の前後で両相の結晶格子間には以下の共軸関係が保たれる.6),8),9)Gr(001)//H-dia(100)Gr[210]//H-dia[001]Gr[010]//H-dia[010]このグラファイトから六方晶ダイヤへの相転移は,室温加圧によっても起こると報告8),10)されているが,最近の研究によると,グラファイトの室温圧縮で出現する透光性を示す相は,六方晶ダイヤとは異なる構造をとっている可能性が高い. 11)-13)この高圧相は減圧により透光性を失いグラファイトへと戻ってしまう10)ため,大気圧下へ回収できず,未知の部分が多い.一方,より高温条件においては,グラファイトは立方晶ダイヤへマルテンサイト転移し,両相の結晶格子間には以下の共軸関係が保持される. 14),15)Gr(001)//C-dia(111)Gr[100]//C-dia[110]また,六方晶ダイヤは熱力学的には準安定であるため,高温高圧環境が保持されれば,安定相である立方晶ダイヤへと相転移する. 16)Bundyらによる報告以後も,高圧下でグラファイトをダイヤモンドへ直接変換させようという試みは,衝撃圧17),18縮実験)を含めさまざま行われてきたが, 19),20)試料加熱が短時間もしくは不均質な場合がほとんどで,純粋かつ均質なダイヤモンドの焼結体はなかなか得られなかった.そのような中,2003年に愛媛大学の研究チームが高い透光性と硬度を有する純粋なダイヤモンドの焼結体(ナノ多結晶ダイヤモンド)の高圧合成に成功し,1)関連分野に大きなインパクトを与えた.このナノ多結晶ダイヤモンドの発明を機にダイヤモンドの直接変換合成に関する研究は飛躍的に前進し,それまでほとんど調べられてこなかった結晶化組織の観察を通した相転移メカニズムの考察が可能となった.2.1ナノ多結晶ダイヤモンドナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)(図1A)は従来の触媒を用いたダイヤモンド合成の条件よりも高い圧力温度下(15~25 GPa,2,000~2,500℃)において,出発物質のグラファイト(多結晶体)を直接相転移させることによって合成される.1),17)そうして得られるNPDはナノメートルサイズのきわめて細粒な結晶より構成され,高い透光性と単結晶ダイヤモンド(ヌープ硬度:100~130 GPa)を凌ぐ硬度(~140 GPa)を有する. 18)この優れた硬度特性は,NPDのナノ多結晶組織そのものに由来する.ダイヤモンドはきわめて硬いが,特定の方向({111}面方向)には割れやすい劈開性を有する.しかし,NPDのように結晶方位がランダムな粒子の多結晶体の場合,全体として劈開や硬度異方性をもたないため,単結晶に比較して優れた硬度と靭性特性を示すのだ.また,Hall-Petch理2),3論)によると,多結晶体の構成粒子のサイズが小さくなるほど粒界における転位運動の阻害効果が大きくなるため,NPDの構成粒子がナノサイズであることも強度向10日本結晶学会誌第60巻第1号(2018)