ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

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概要

日本結晶学会誌Vol59No5

日本結晶学会誌59,252-256(2017)IUCr 2017参加報告IUCr2017 Hyderabad参加報告書岡山大学異分野基礎科学研究所梅名泰史インドの中南部に位置するハイデラバードで8月21~28日にかけて第24回IUCr2017が開催された.ハイデラバードは歴史的建造物も多い土地であり,インドでは少数派のムスリム文化が色濃く残る地域でもある.ハイデラバードは近年,IT関連の企業が増えたことから経済発展し,欧米のファストフード店の出店も多く,高速道路や高架道路などのインフラ整備が盛んに行われ,都市の発展が現在進行形で進んでいた.8月のハイデラバードの気候は雨期であるが,会期中は夕立がある程度で,日中は比較的晴天に恵まれていた.気温は30度程度と聞いていたが,日本と比べて湿度が低いためか,過ごしやすく感じられた.IUCr2017のオープニングセレモニーでは,関係者のスピーチとインドの民族歌謡と楽器の演奏があった.その後,第11回Ewald賞の発表があり,T. Blundell氏が受賞された.同氏はノーベル賞受賞者のD. Hodgkin女史の下でインシュリンタンパク質の結晶構造解析に従事し,近年はタンパク質の立体構造をベースとした創薬研究を精力的に行っている.受賞講演では,当時の成果は研究グループの国際性と異分野間の連携によるものと語られたのが印象深かった.IUCr2017ではマイクロシンポジウム(MS)が126件あり,前回が112件だったことを比べると口頭発表の機会が増えていた.ただ,ポスター発表は1日ごとに切り替えられ,企業展示場に併設されている会場はやや狭く感じられた.しかし,縦型の55インチモニターを利用したe-posterが十数台設置されており,発表日以外にも閲覧することできるため,後日に落ち着いて精読することができた.今後はこのような形式がほかの学会でも増えてくることを期待したいと感じた.会期中の発表では構造生物分野はおよそ18件とほかの分野と比較すると多く感じた.IUCr2017は結晶学のカンファレンスであるが,核磁気共鳴(NMR)や小角散乱(SAX),X線分光(XAS)などの異分野のMSも10件程度あり,結晶学を基軸とした研究の多様性を感じた.また,MS-095では,小惑星から回収されたサンプルの分析や,火星を探査しているロボットが測定したX線分析の講演があり,別の意味での異世界の話に多くの聴衆が集まっていた.構造生物分野では,ここ数年で急激に技術的な発展を遂げた低温電子顕微鏡(Cryo-EM)に注目が集まっており,2件のキーノートレクチャー(KN)と5件のMSが開かれ,アミノ酸残基の構造が明確に確認できるほど高分解能なタンパク質構造の発表がいくつも紹介されていた.また,新しいX線源としての自由電子レーザー光源(XFEL)のセッションもKNを含め8件もセッションがあり,今後3施設が新たに稼働することを考えると,次回のプラハで開催されるIUCr2020には,より多くのXFELによる成果が発表されるものと思われた.筆者が注目した発表は,米国ローレンス・バークレー国立研究所のV. Yachandra氏のグループによる光化学系IIタンパク質(PSII)のXFELを使った結晶構造と分光測定に関する発表であった.彼らが開発した励起・回折・分光が同時に可能なサンプル輸送装置acoustic dropletejection-drop on tape(ADE-DOT)が実に興味深かった.KN-10で同氏によるPSIIの各中間状態に関する講演を筆頭に,MS-063ではJ. F. Karn氏がADE-DOTを使ったribonucleotide reductase結晶へ酸素ガスを導入した結晶構造解析や,MnとFeの2種金属のX線発光分光(XES)による同時計測を紹介し,MS-046ではJ. Yano女史がADE-DOTにゾーンプレートを組み合わせ,PSIIのMnと酸素の軟X線を使った分光実験を紹介していた.結晶構造解析と分光的手法を同時に測定する彼らのアプローチは,時分割実験における各状態変化を正確に把握しておくために必要な取り組みと感じた.MS-073のX線損傷に関するセッションも興味深かった.X線ドーズの結晶構造への影響をE. F. Garman女史が解説し,R. Henderson氏はCryo-EM構造における電子線損傷による分解能への影響を示し,K. J. Nass氏はXFELにおけるフェムト秒の照射においてもX線損傷が起こることを紹介した.Cryo-EMやXFELは新しい手法として成果が注目されているが,得られた成果が損傷のない自然の構造であるのか注意しておく必要があると感じた.本会期は8日間と長かったが興味深い話も多く,有意義な時間を過ごすことができた.会期中は会場に籠もっていたが,28日のクロージングセレモニーの後に市内観252日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)