ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

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概要

日本結晶学会誌Vol59No5

希土類化合物における格子振動の電子状態への影響-充填スクッテルダイトのフォノン物性-いてはβ型パイロクロア化合物で議論された低エネルギー・フォノンがもたらす伝導電子の有効質量増強(重い電子的振舞い)や超伝導などが議論され,5)後者においては同様にカゴ構造を有するクラスレート化合物等で格子熱伝導度の抑制機構が議論されてきた.6)いずれの場合においても,多面体のカゴ構造と内包された原子の間の大きな空隙または内包原子位置での高次のポテンシャルで実現される大振幅非調和振動がその興味深い物性や機能発現に寄与することが明らかにされてきた.本稿では放射光X線を用いてフォノンを観測できる手段である高分解能X線非弾性散乱について簡単に紹介し,それぞれの手法を充填スクッテルダイト化合物に適応して明らかになったことについて述べる.2.高分解能X線非弾性散乱X線非弾性散乱法は20世紀末にドイツ・ハンブルクのHASYLABOで初めて実施され,3)ESRFを皮切りに現在ではいくつかの第3世代放射光施設で実験を行うことが可能となってきた. 7-11)国内ではSPring-8において実験を行うことが可能であり,2001年にBL35XUが国内初のX線非弾性散乱ビームラインとして稼動した.9)X線非弾性散乱の1つの特徴は100ミクロン角程度の小さな試料でもフォノン分散の決定が可能である.また,本研究のように希土類元素を含む場合には,苦手な元素をもたないこと,低エネルギーの磁気散乱に対して不感であることが相補的な手法である中性子非弾性散乱に対するメリットとして挙げられる.詳細は後述するが,スクッテルダイトのフォノン物性を議論するうえで重要なフォノン・モードは希土類によって担われており,観測されるエネルギーも磁気励起として観測される結晶場励起とほぼ同等である.このため,一連のスクッテルダイトでフォノンと電子物性とのかかわりを磁気散乱の寄与を気にせずに議論できる点では,中性子非弾性散乱に比べてX線非弾性散乱は一定の優位性を有している.X線非弾性散乱や中性子非弾性散乱を用いた動的構造因子測定からフォノン物性について論じる手法においては,回折実験が可能な波長とフォノン励起が観測可能なエネルギー分解能を両立させたうえで試料への入射強度を確保することが必要である.ド・ブロイ波である中性子においては回折実験が可能である1Aの波長の中性子のエネルギーは81.8 meVであるのに対して,電磁波であるX線においては回折実験が可能である1 Aの波長のX線のエネルギーは12.4 keVである.このことから,X線でフォノンを観測するためには入射エネルギーの7桁小さなエネルギー変化の観測が必須で,かつ一般に非弾性散乱の散乱強度が小さいことから試料への高輝度なX線入射強度が要求される.このエネルギー分解能と散乱強度を両立するために,SPring-8やESRFの非弾性散乱ビームラインでは背面反射光学系を採用している.本研究におけるX線非弾性散乱実験を行ったBL35XUでは表1に示すような実験条件をユーザー実験に供している.本研究ではエネルギー分解能を優先したSi(11 11 11)背面反射光学系を使用して実験を行った.3.高分解能X線非弾性散乱から見た充填スクッテルダイトのフォノン3.1充填スクッテルダイトのフォノン分散充填スクッテルダイト化合物はクラスレート化合物やβ型パイロクロア化合物とは異なり,カゴ構造の空隙に原子が充填されていない非充填化合物が安定に存在することが大きな特徴である.放射光X線ではメスバウアー効果を利用した核共鳴非弾性散乱という元素を特定したフォノン励起に関する測定手法も存在し,2)カゴ状構造のように複雑かつ多くのフォノン・モードが観測される物質群でのフォノン研究では非常に有効な手法である. 12-19)しかしながら,充填スクッテルダイトの場合には非充填化合物との比較を行うことで,カゴ構造に内包された原子のダイナミクスを直接議論することが可能である.図2に高分解能X線非弾性散乱で得られた充填スクッテルダイト化合物SmOs 4Sb 12とそれに対する非充填化合物であるIrSb 3のフォノン分散関係を示す. 20)IrSb 3のフォノン分散と比較すると,SmOs 4Sb 12では5 meV付近に比較的平坦なフォノン分枝が観測されていることがわかる.同様にして,一連のROs 4Sb 12化合物における希土類由来のゲスト・モードを特定することが可能となる.3.2充填スクッテルダイトの低エネルギー・ゲスト・モードROs 4Sb 12では,縦波方向のH点(9 0 0)付近と横波方向でのN点(8 0.5 0.5)付近でのフォノン・スペクトルの測定を行った.得られたスペクトルは図3のとおりであ表1BL35XUで可能な光学系とX線非弾性散乱測定条件. 10)(X-ray optics available for inelastic X-ray scattering atBL35XU and their experimental conditions.)光学系入射エネルギー(背面反射指数)(keV)エネルギー分解能(meV)Si(8 8 8)15.8166~8Si(9 9 9)17.7933~3Si(11 11 11)21.7471.5~1Si(13 13 13)25.7021~0.2入射強度(~10 10 photon/sec)日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)239