ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

概要

日本結晶学会誌Vol59No5

日本結晶学会誌59，238-245（2017）解説希土類化合物における格子振動の電子状態への影響－充填スクッテルダイトのフォノン物性－高輝度光科学研究センター筒井智嗣Satoshi TSUTSUI: Influence of Lattice Dynamics on Electronic Properties in Rare-EarthFilled-Skutterudites－Phonon Science in Filled-SkutteruditesWe have applied inelastic X-ray scattering（IXS）technique to observing phonon spectra in rareearthcompounds. IXS technique has an advantage to inelastic neutron scattering to avoid seeingmagnetic excitations, which are often observed in the low energy spectra of rare-earth compounds. Inthis review, we mentioned IXS results of filled skutterudite compounds. In a series of ROs 4 Sb 12 , wehave discussed electron phonon coupling in low-lying optical modes, which is connected with heavyfermion behavior in these compounds. In an alloy system of Pr（Os 1－x Ru x）4 Sb 12 , we have discussedanharmonic potential at the rare-earth site which may be affect by nature of superconductivity and/orheavy fermion behavior.1．緒言フォノンを観測する手段としては，移行運動量がほぼゼロの領域では実験室系のラマン散乱や赤外分光，ブリルアン散乱，超音波分光などの実験手法が知られている．また，移行運動量がゼロでない領域については，1990年代まで中性子非弾性散乱の独壇場であったと言える．X線を用いたフォノン分散の決定は散漫散乱の測定を通じて行われたものであり,1）非弾性散乱スペクトルとして2の観測は核共鳴非弾性散乱）および高分解能X線非弾3性散乱）が登場する1990年代後半まで待たねばならなかった．放射光X線を用いたフォノン研究においては，前者の手法を用いることによって元素を特定したフォノン状態密度の測定が，後者の手法を用いることによってフォノン観測においては中性子非弾性散乱と相補的な動的構造因子の観測が可能である．結晶中のフォノンは単位胞に含まれる原子数の3倍のフォノン・モードが存在するので，単位胞に含まれる原子数が多いほどフォノン・モードは多くなり，一般的にフォノン分散関係は複雑になる．充填スクッテルダイト化合物の充填イオン（本研究の場合には希土類元素R）は図1のとおりである.4）希土類などの元素を内包した12個のプニクトゲン（X＝P，As，Sb）で構成された正20面体のカゴ構造が体心立方格子を形成し，この正20面体のカゴ構造を連結するように遷移金属元素（T＝Fe，Ru，Os）が単純立方格子を形成している．このため，単位胞に含まれる原子の個数は17個となり，フォノン分枝の数は51本存在する．充填スクッテルダイト化合物においては，この多くの振動モードの中でプニクトゲンの正20面体構造に内包された原子の振動が機能性材料としての熱伝導度の抑制や強相関電子系への寄与という観点で注目されている．すなわち，充填スクッテルダイト化合物において少なくとも正20面体構造に内包された原子の振動モードをいかに観測するかということがフォノン物性における1つの要点となる．ちなみに，スクッテルダイトという名前の由来はノルウェーの首都オスロ近郊で産出するCoAs 3に由来し，その構造は図1の正20面体には何も原子が内包されていない非充填のスクッテルダイト化合物である．希土類の充填スクッテルダイトでは，前述の正20面体構造と内包された希土類原子の間の大きな空隙がフォノン物性の観点からは重要である．充填スクッテルダイト化合物は強相関電子系としての物理学的興味のほかに，熱電材料の候補としての実材料としての興味ももたれている．フォノンにかかわる興味としては，前者におTXR図1充填スクッテルダイト化合物の充填イオン周りの局所構造.（Local structure around a filled guest ion infilled skutterudite compounds.）238日本結晶学会誌第59巻第5号（2017）