ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

ページ
43/84

このページは 日本結晶学会誌Vol59No5 の電子ブックに掲載されている43ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No5

中性子を利用したLi 2S-P 2S 5系リチウムイオン伝導体の構造およびイオン伝導経路の可視化図10 Q 2値に対する準弾性散乱成分(ローレンツ成分)L(ω,Γ)の半値半幅Γのプロット(473 K).(TheHWHM,Γ, of L(ω,Γ)as a function of Q 2 at 473 K.)図9各Q値での動的構造因子S(Q,ω)のフィッティング結果.黒丸が測定値,実線が計算値,破線は準弾性散乱成分を示す.(The fitting result of S(Q,ω)spectrum for each Q.)の結果,473 KにおいてDは5.7×10-10 m 2 /s,τ0は5.5×10-11 s,<l>は4.3 Aであった.以上の結果から,7Li 7P 3S 11結晶内のリチウムイオンは,伝導経路内の安定領域を経由し,平均4.3 Aでジャンプしながら移動していると考えられる.トルをDNAの装置分解能(エネルギー分解能)とした.さて,図中において,150 Kと297 KのS(Q,ω)スペクトルの裾に大きな違いは見られないが,473 Kにおいて弾性散乱ピーク(ΔE=0)の周辺でブロードなピーク(準弾性散乱成分)が見られる.中性子準弾性散乱の強度は,非干渉性散乱断面積(σinc)の大きさに依存する.本実験では,試料容器として石英管(SiO 2)とアルミニウム製試料セル(Al)を使用しているが,7 Liのσinc値(=0.78 b)は,ほかの元素(P,S,O,Al,Si)のσinc値と比較して少なくとも約100倍以上大きい. 59)そのため,観測された準弾性散乱成分は,リチウムイオンの自己拡散に関するダイナミクス情報と見なすことができる.次に,リチウムイオンの自己拡散を“等方的である”と仮定し,準弾性散乱成分をローレンツ関数L(ω,Γ)によって記述した.ここで,Γはローレンツ関数の半値半幅である.さらに,弾性散乱成分(ΔE=0)をデルタ関数δ(ω)で記述することで,S(Q,ω)を以下のように表した.{ } ? ( ) +( ) = ( ) + ( )S Q,ωC1δωC2 Lω,ΓR Q,ωBG(5)ここで,C1およびC 2は弾性散乱成分および準弾性散乱成分の係数,R(Q,ω)はDNAの装置分解能関数(ガウス関数で記述),BGはバックグラウンド関数,?は畳み込み積分を示している.図9に示すように,式(5)を用いて各Q値でのS(Q,ω)スペクトルに対してフィッティングを行い,準弾性散乱成分のみを抽出した.さらに,ΓをQ 2でプロットし,Jump diffusionモデルに従ってフィッティングを行い, 60)Liイオンの拡散係数D,平均滞在時間τ0および平均ジャンプ距離<l>を求めた(図10).そ日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)5.おわりに本稿では,国内(J-PARC MLF)の中性子回折装置と蓄電池構造研究の動向について簡単に紹介した.特に,蓄電池のオペランド測定を主目的として建設されたBL09SPICAでは,「空間」をキーワードするSPICA独特の蓄電池実験空間(環境)について取り上げた.また,中性子を利用した(7 Li 2S)x(P 2S 5)100-xガラスおよび7 Li 7P 3S 11結晶の構造およびダイナミクス研究について紹介した.中性子回折実験およびRMCモデリングにより,本系の三次元構造を明らかにするとともに,得られた構造情報からBVS解析を応用することで,リチウムイオン伝導経路を可視化することができた.また,リチウムイオン伝導経路内のリチウムイオン安定領域(|ΔV|<0.04)および準安定領域(0.04 ? |ΔV| ? |ΔV| max)の分布と7 Li 2S濃度(x)および(7 Li 2S)70(P 2S 5)30ガラスから7 Li 7P 3S 11結晶への結晶化との関係について明らかにし,σRTおよびEaの振る舞いともよく一致することを見出した.以上の結果から,ガラス領域におけるリチウム濃度増加と結晶化によって,リチウムイオンが移動しやすい環境が固体中に形成されていることを明らかにした.また,中性子準弾性散乱実験により,7 Li 7P 3S 11結晶のリチウムイオンの動き(自己拡散)を直接観察することができた.解析の結果,リチウムイオンは,リチウムイオン伝導経路内を平均4.3 Aでジャンプしながら移動していることを明らかにした.このように,中性子を利用した蓄電池研究は,装置の高度化に加えて,解析手法も日々進化しており,今後のさらなる発展が期待される.235