ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

ページ
39/84

このページは 日本結晶学会誌Vol59No5 の電子ブックに掲載されている39ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No5

中性子を利用したLi 2S-P 2S 5系リチウムイオン伝導体の構造およびイオン伝導経路の可視化本稿では,最初に国内の中性子回折装置と蓄電池構造研究の動向について簡単に紹介する.その後,固体電解質材料の有力候補であるLi 2S-P 2S 5ガラスおよびLi 7P 3S 11結晶に関する中性子を利用した最近の構造研究およびダイナミクス研究について解説する.限られた誌面ではあるが,蓄電池研究における中性子の魅力を少しでも読者の皆様にお届けできればと願う.2.国内の中性子回折装置と蓄電池構造研究の動向現在のところ,国内で中性子回折実験を行う場合,大強度陽子加速器施設/物質・生命科学実験施設(J-PARCMLF,茨城県東海村)を利用するケースが多い.3)中性子を利用した蓄電池構造研究に関しては,BL20ビームポートに設置されている茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)が先駆的な役割を果たしており,中性子産業利用の大きな柱の1つとして多くの成果を挙げている.4)-6)同時に,BL08ビームポートの超高分解能粉末中性子回折装置(SuperHRPD)も主にアカデミックな方面でよく利用されている.7),8)このような中性子を利用した蓄電池研究に対するニーズの高まりに応えるため,NEDO/RISING事業の一環として,蓄電池の実動作環境下による測定(オペランド測定)を主目的とした特殊環境中性子回折装置(SPICA)がBL09ビームポートに建設された.9)図1にSPICA本体のイラストを示す.SPICAは,中性子線源から52 mの位置に設置されており,楕円型中性子スーパーミラーガイド管を導入することで,高分解能(0.1%以下)かつ大強度中性子ビームの性能を併せもつ装置である.また,試料から検出器までの距離を2 mに固定し,特に水平面内では広い散乱角を網羅できるように3 Heガス一次元位置敏感型中性子検出器(PSD)が連続的に配置されている.加えて,SPICAは「空間」をコンセプトに設計された装置でもある.例えば,SPICAは,MLFの中で専用建屋を有しており,世界的にも類を見ない蓄電池実験準備室を一般区域および放射線管理区域にそれぞれ併設している.これにより,現地でのセル構築・解体作業や特性試験(充放電試験やインピーダンス試験,など)といったラボ実験と中性子回折実験を同じ空間(場所)で長期的に行うことが可能である.また,遮蔽体内部にも広い実験空間が確保されており,さまざまな周辺機器が設置できるように配慮されている.さらに,装置本体の中心に取り付けられている真空散乱槽を取り外すことで,直径約2 mの空間を確保することができ,大型の蓄電池や機材をもち込むことも可能である.さて,SPICAを用いた蓄電池構造研究の成果はすでに出始めている.その一例として,中性子の高い透過能力を活かし,実電池(18650型)のオペランド測定によって,正極・負極の構造変化をリアルタイムで観察できるようになった. 10)図2は,30分満放電(2C)でのカーボン負極の相変化を示している.放電中の相(ステージ構造)変化に加えて,放電後においても電池内部で緩和反応が進行する様子が明確に観測されている.このようなオペランド測定では膨大な数の回折データを取得するため,効率良く回折データを処理する必要がある.そのため,Rietveld法をベースとした自動結晶構造解析システムの開発・高度化も進められている. 10)-13)一方,同じくNEDOプロジェクトの水素貯蔵材料先端基盤研究事業(Hydro☆Star:平成19年度~平成23年度)によって建設されたBL21ビームポートの高強度全散乱装置(NOVA)では,リチウムイオン伝導ガラスやイオン液体のような非晶質の電解質材料を対象とした構造研究が行われている. 14)-16)また,BL16ビームポートのソフト界面解析装置(SOFIA)では,オペランド中性子反射率測定による蓄電池材料の表面・界面構造の観察も行われている. 17),18)さらに,BL02ビームポートのダイナミクス解析装置(DNA)を利用することで,中性子準弾性散乱測定からリチウムイオンの動きを直接観察することも可能である. 19),20)図1特殊環境中性子回折装置SPICA(BL09ビームポート,J-PARC MLF).(The special environment powderneutron diffractometer, SPICA, installed at the BL09beam port in the J-PARC MLF.)図2 30分満放電(2C)でのカーボン負極の相変化. 10)(Phase changes in the carbon anode during dischargeexperiments for 30 min(2C).)日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)231