ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

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概要

日本結晶学会誌Vol59No5

辻本吉廣図8 Sr 2CoO 3FにおけるCo中心の局所構造と有効配位数の圧力変化.(Pressure dependences of bond lengthsand angle around Co center and effective coordinationnumber of CoO 5F polyhedron in Sr 2CoO 3F.)Co-O1,Co-O2/Fの結合距離,O1-Co-O1結合角,Co中心の有効配位数の圧力依存性.(4.8×10-3 GPa-1)と同程度である. 25)さらに注目すべき特徴が頂点アニオンとCoイオンの結合Co-O2/Fに現れる(図8b).2つにサイト分裂したCoイオンの一方に注目した場合,局所的には長さの異なるCo-O2/F結合が存在する.CoサイトのオフセンターとO/Fの結合性の違いを考慮すると,距離の短いCo-O2/F結合と距離の長いCo-O2/F結合はCo-O2とCo-F結合の特徴をそれぞれ反映している.0<P<9.3 GPaにおけるCo-O2とCo-F結合の圧縮率は大きく異なり,それぞれ2.5(2)×10-3 GPa-1と8.5(4)×10-3 GPa-1となる,後者の値は充填構造をもつ固体の圧縮率の3倍程度大きく,Coのイオン半径の収縮だけでは説明できない.さらに,Co-F結合の圧縮率はP s付近でより大きく増大する興味深い振る舞いを示す.これら2つの圧縮率の違いは面内のO1-Co-O1結合角と相関がある(図8c).つまり,0.7 GPaでは165.1°だった結合角が14.5 GPa(>Ps)まで加圧されると174.6°まで開き歪みが抑制されている.結果として,結合長比Co-F/Co-Oは0.7<P<14.5 GPaで1.24から1.09へと大きく減少し,スピン転移の過程でCoとFの間で共有結合が生じたと推測される.Co-O2結合の特徴をもつ短いCo-(O2/F)結合距離は1.969 Aで,イオンモデルから期待される値(LS Co 3+=0.685 A,O2-=1.26 A)と良い一致を示す.一方,Co-F結合の特徴をもつ長いCo-(O2/F)結合距離は2.143 Aで,イオンモデルと比較すると0.27 A余分に長い.このことは,CoとF原子の軌道混成がCoとO原子のそれと比べると弱いことを示唆している.共有結合性を評価するにはX線吸収測定を行うのが望ましいが,実験のセットアップの問題上,現時点ではそのような測定はきわめて困難である.そこで,CoとF原子間の結合性を間接的に評価するため,Coイオンの有効配位数(ECoN)をVESTAを用いて見積もった. 35)その結果を図8dに示す.0.7 GPaでのECoNは4.89で,Coが5つの酸素と結合して正方ピラミッドを形成している描像と一致している.上述したSr 2NiO 3Fにおいても同様の結果(ECoN=4.98)が得られる.CoのECoNは10 GPaまで実質5のままで変化は見られないが,それ以上加圧するとCo-Fの結合距離と面内結合角の急な圧力変化に対応してECoNの値が急激に増加に転じ,14.5 GPaでは5.39に達する.この値はGdFeO 3型BiCoO 3のCoの配位数(=5.77)よりも小さいが,Jahn-Teller歪みをもつLaMnO 3のMn配位数(=5.23)よりは有意に大きい.つまり,P s近傍から配位多面体が正方ピラミッドから歪んだ八面体へ変換したことを示している.以上の結果をまとめると,Sr 2CoO 3Fのスピン転移は,その過程の大部分が5配位の環境下で生じる一方,P s近傍でCoとF原子の共有結合化を伴うまったく新規な機構で起こる.特に,‘堅い’構造からなる固体でありながら,組成の変化や結晶構造の対称性の低下を伴わずに新しい結合が生まれるのは大変興味深い.以上の圧力誘起配位構造変換をほかの系に応用することにより,スピン転移とは異なる電子物性,例えば超電導や強磁性なども発現できるかもしれない.4.終わりに本稿では,層状ペロブスカイト化合物を舞台とした酸素とハロゲンの複合アニオン化の効果について紹介した.アニオンの秩序配列と中心金属の配位構造の多様性だけなく,磁気特性と高圧物性にまで話が及んでしまったため,個々の説明が不足してしまった感が否めない.しかし,強調しておきたいことは,‘異種元素の導入による配位数低下’は酸化物でよく見られる‘酸素欠損による配位数低下’とは必ずしも等価ではない,ということである.上述のJahn-Teller不活性金属イオンの平面4配位は酸化物で実現するのはいまだ難しいし,O/Xの秩序配列に依存したSr 2NiO 3Xの磁気基底状態やSr 2CoO 3Fの圧力誘起配位構造変換はハロゲン原子が目立たない形で擬5配位を安定化しているからこそ起きる.近年の複合アニオン研究の関心の高まりを受けて,2016年度に新学術領域研究「複合アニオン」(代表:京大陰山教授)がスタートした.筆者もメンバーに加わり,プロジェクトのほかの研究者との議論を通じて,筆者が想定していなかった面白い実験データやアイデアが得ら228日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)