ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

ページ
35/84

このページは 日本結晶学会誌Vol59No5 の電子ブックに掲載されている35ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No5

層状ペロブスカイト構造をもつ新しい酸フッ化物・酸塩化物の結晶化学なり,さらに500 Kで完全にHSになると考えられている.また,圧力によってもスピン転移が生じ,加圧とともにLSの割合が増加し,6 GPa以上でスピン転移が完了すると報告されている. 25),26)LaCoO 3があまりにも有名のため,Co 3+はスピン転移を生じる代表的遷移金属イオンと思われがちである.しかし,CoO 6八面体には強い配位子場が働くため大多数のCo 3+のスピン状態はLSであり,HSとの双安定性を実現するのは容易ではない.LSとHSのエネルギー差を縮めるためには,八面体の対称性を下げて配位場エネルギーを弱める必要がある.例えば,Pr 0.5Ca 0.5CoO 3やSrCo 0.5Ru 0.5O 3に見られるように,異種金属カチオンを用いた化学圧力効果によってCo八面体を歪ませスピン転移を起こすことに成功している. 27),28)一方,配位数が1つ少ない5配位の正方ピラミッドの場合HS状態がきわめて安定になるため,LS状態への転移が逆に難しくなる.唯一の例外がPbTiO 3型構造のBiCoO 3の圧力誘起スピン転移である. 29)常圧ではHSが安定で,BiとOの共有結合によりCoO 5正方ピラミッドが形成されるが,3 GPa付近でCoが六配位をもつGdFeO 3型への構造相転移を伴ってLSへスピン状態が変化する.しかし,相転移後もHS状態が半分の割合で残存していることから,スピン状態は完了しておらず,正方ピラミッド配位型のスピン転移は依然として困難な課題である.以上の背景から,筆者らは正方ピラミッド配位をもつ複合アニオン物質Sr 2CoO 3Fについてスピン転移の可能性を検討した. 30)Sr 2CoO 3FはSr 2NiO 3Fと同構造で,頂点サイト内でのO/F原子無秩序配列とCoO 5ピラミッドを特徴とする(図3).常圧ではT N=320 Kの反強磁性絶縁体で,Coイオンのスピン状態は低温までHS(S=2)として安定に存在する. 31),32)OとFの異なる結合性が正方ピラミッドを形成する起源であることから,BiCoO 3とは異なるスピン転移の機構が期待できる.高圧条件下でスピン状態の変化を調べるために,放射光を利用したCo KβX線発光分光(XES)測定を行った.図6にXESの圧力依存性を示す.1 GPa下のスペクトルでは,強度の大きいKβ1,3線とその低エネルギー側に強度の弱いサテライト線Kβ'が観測されたが,加圧とともにメインピークが低エネルギー側にシフトしかつサテライト線の強度が減少することを見出した.一般的にKβ'線の強度は不対電子の数に比例するため,XESの結果はスピン状態が加圧とともに減少していることを示唆している.スピン状態の変化を定量分析した結果,スピン状態は加圧とともにHSからLSへ連続的に変化し,P s=12 GPaですべてのCoイオンがLSに転移したことがわかった(図6).続いて,結晶構造とスピン状態の関係を明らかにするために,0.7~15.3 GPaの圧力範囲内で放射光粉末X線回折(XRD)測定を行った.加圧とともにすべての回折ピークが高角側にシフトするものの,P s以上に加日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)図6高圧下におけるSr 2CoO 3FのCo KβX線発光スペクトル.(Pressure evolution of Co KβX-ray emissionspectra for Sr 2CoO 3F.)挿入図はスペクトルから定量評価したスピン数の変化量ΔS.12 GPaでCoのスピン状態が低スピン状態に完全転移する.図7 Sr 2CoO 3Fの体積の圧力依存性.(Pressure evolutionof volume of Sr 2CoO 3F.)実線はBirch-Murnaghan状態方程式によるフィットを表し,見積もられた体積弾性率の値は76.8(5)GPaである.圧しても空間群(I4/mmm)に変化は生じず,測定最大圧力まで構造相転移は観測されなかった.しかし,図7に示すように,Birch-Murnaghan状態方程式により見積もられた体積弾性率はK 0=76.8(5)GPaで,K 2NiF 4型構造の酸化物,Sr 2MnO 4(K 0=129 GPa)33)やLa 2CuO 4(K0=181 GPa)34)のそれと比べて異常に小さい.この原因はスピン転移でHSからLS状態に変わるとき,Co 3+のイオン半径が縮むことに由来する. 16)実際に,面内のCo-O1結合の圧縮率はP s前後で4.0(1)×10-3 GPa-1から1.5(1)×10-3 GPa-1へと大きく変化し(図8a),前者の値はP s以下の圧力範囲におけるLaCoO 3のCo-O結合圧縮率227