ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

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概要

日本結晶学会誌Vol59No5

辻本吉廣図4 Sr 2NiO 3X(X=F,Cl)の磁化率の温度依存性.(Temperature dependence of the magnetic susceptibilityof Sr 2NiO 3X.)い合成温度に起因するエントロピーの効果,が考えられる. 23)ところで,Sr 2NiO 3FにおけるO/F原子の配列様式とNi原子のオフセンターの間に強い相関があることを指摘したい.頂点サイトのO/Fは無秩序配列しているため,Ni中心の多面体として結晶学的にNiO 6,NiO 4F 2,NiO 5Fの3パターンが考えられる.しかし,Ni原子はc軸沿いにオフセンターしていることから,2つの頂点サイトに同種のアニオンが占有することはなく,Sr 2NiO 3Clのときと同様にOとFが1:1に存在していると考えるのが自然である.以上のことから,Sr 2NiO 3XはNi 3+を中心金属とした珍しい正方ピラミッド配位を形成しているが,配位とアニオンサイトの秩序状態の強いカップリングが磁気基底状態に大きな影響を与える.図4に磁化率の温度依存性を示す.ハロゲンの種類によらず高温領域では温度が下がるにつれて単調増加するが,低温領域において明確に異なる振る舞いが観測された.X=Clの磁化率は50 K付近に緩やかな極大を示した後減少に転じ,反強磁性秩序の存在を示唆する一方,X=Fにおいては零磁場冷却(ZFC)と磁場中冷却(FC)過程の磁化率が異なり,ZFC過程では10 K付近にカスプが現れる.この振る舞いはスピングラス転移のそれに酷似しており,スピンが無秩序に凍結していることを示唆する.実際に,μSR測定によりX=Clは27 Kで反強磁性転移,X=Fは18 Kでスピングラス転移を起こすことを確認している.異なる磁気基底状態が現れる起源について考察する.点電荷モデルから期待されるNi 3d 7の電子配置は(d xz,d yz)(d 4 2 3z-r2)(d 2 xy)(d 1 2 x-y2)0でS=1/2の低スピン状態が示唆されるが,磁化率の解析結果はそれを支持している.磁気的相互作用のパスについては,擬二次元構造の観点から層間の相互作用は無視してよく,図5に示したようにNiO 2面内の相互作用についてのみ考えればよい.上述したように磁性に寄与する不対電子がd xy軌道に存在すると仮定した場合,酸素の2p x,y軌道を介した反強磁性的(AFM)超交換相互作用が最近接相互作用(J1),対角方向のNiイオン間の強磁性的(FM)直接相互作用が次近図5 NiO 2面内の磁気的相互作用と軌道対称性の関係.(Relationship between orbital symmetry and exchangeinteractions in the NiO 2 plane.)最近接相互作用J 1とは異なり,次近接相互作用J 2の大きさは酸素とハロゲン原子の秩序配列に依存して変化する.接相互作用(J2)として働くと考えられる.通常,超交換相互作用が直接交換相互作用よりも大きいためAFM相互作用が支配的になる.しかし,見積もられたワイス温度はX=F,Clに対してそれぞれ21.3 K,24.2 Kと同程度の正値をとることから,FM J 2がむしろ支配的という予想外の結果を得た.それでもなお,(i)Ni 3d xyとO 2p x,y軌道がπ結合で繋がっている,(ii)Ni-O-Ni結合角が165°程度と大きく歪んでいることを考慮すると,J 2の大きさがJ1を上回ることは可能と思われる.次に,これら相互作用がアニオン秩序配列によってどう影響を受けるのか考える.まず,J1の大きさと関係があるNi 3d xyとO 2p x,yの軌道間の重なり具合はアニオンの秩序・無秩序によらない.一方,対角方向のNi 3d xy軌道同士の重なり具合はハロゲンが上下どちらの頂点サイトを占有するかで変化するため,大きさの異なる2種類のJ 2が生じる.まとめると,X=Fで生じたスピングラス相の出現は,O/Fの無秩序配列に付随したJ2のボンドランダムネスが起源と考えられる.3.2.2配位構造の変換を伴う新しいタイプのスピン転移最後に,アニオンの複合化を利用したスピン転移の研究成果を紹介する.d電子の数が4~7の八面体配位の遷移金属イオンの場合,スピンの向きが同じ不対電子数が最大の電子配置をもつ高スピン(HS)状態と,逆に最小の電子配置をもつ低スピン(LS)状態を取り得る.これらHSとLSの間でスピン状態が変化する現象をスピン転移と呼ぶ.無機固体物質の中で最も古くから研究されているスピン転移物質はペロブスカイト構造をもつLaCoO 3である. 24)Coは6つの酸素に囲まれた八面体を形成し,6つのCo-O結合距離は等価である.LaCoO 3のスピン基底状態はLSであるが,100 KでLSの一部がHSに226日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)