ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No5

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概要

日本結晶学会誌Vol59No5

辻本吉廣して各アニオンの役割を理解するうえで重要となる.一般的にペロブスカイト構造の場合,アニオンサイトの配位環境に大きな違いが生じにくいため,異種アニオンは無秩序配列する傾向が強い(図1a).しかし,いくつかの例外が報告されている.例えば,酸窒化物SrNbO 2Nの窒化物イオンは部分秩序を生じ,面内のアニオンサイト内をcis型配置で分布する. 11)この特異な秩序構造が異常に大きな誘電率と強誘電性の起源と考えられている.また,異種アニオンが完全に秩序配列した例として酸水素化物SrVO 2Hが知られており,垂直方向のアニオンサイトはすべて水素によって占有される. 12)このような秩序配列はアニオンの固有の性質によってもたらされるのは確かであろうが,アニオンサイトの選択性の起源はいまだ不明で,したがってその制御方法も確立していないのが現状である.アニオンの秩序配列を制御する方法として,明確に配位環境の異なる非等価のアニオンサイトを作ればよい.実際,AもしくはBイオンの欠損サイトが秩序化したペロブスカイト物質KNaWO 2F13)4とNa 2MoO 2F14)2は酸素とフッ素イオンが秩序した構造を示す.一方,筆者が注目した系はK 2NiF 4型層状ペロブスカイト酸化物である(図1b).Ruddlesden-Popper(RP)型と呼ばれるホモロガス相(AO)(ABO 3)n(n=1,2,3,…)に属し,ペロブスカイト型のABO 3格子と岩塩型格子のAO層がz軸上に交互に積層した擬二次元構造をもつ.K 2NiF 4型構造は非等価なアニオンサイトを2つ有する.つまり,4つのAイオンと2つのBイオンに囲まれたxy面内のサイト,お図1ペロブスカイト構造におけるアニオン秩序配列と配位構造.(Anion distribution and coordinationgeometry in perovskite related-compounds.)(a)異種アニオンXを含むペロブスカイト酸化物ABO2X.(b)K 2NiF 4型構造.(c)複合アニオンの秩序と配位数の関係.よび5つのAイオンと1つのBイオンに囲まれた頂点サイトである.一般的にAとBイオンの電気陰性度の差は大きく異なるため,アニオンのサイト選択性に大きな影響を与える.例えば,層状ペロブスカイト酸窒化物と酸水素化物の窒化物イオンと水素化物イオンは面内サイトを占有する傾向がある. 12),15)それに対して,本稿のトピックの中心である酸ハロゲン化物のハロゲン化物イオンは頂点サイトを選択的に占有し,中心金属の配位数の低下へ導く.7)このような配位構造変換は金属イオンの配位子場に変調をもたらし,次章以降で解説するように,新奇な電子・磁気状態が現れる.3.配位構造変換と物性3.1平面4配位構造n=1 RP型ペロブスカイト酸化物の遷移金属イオンは通常6つの酸素に囲まれた八面体配位をとる.しかし,酸素とはイオン半径もしくは結合性が大きく異なるハロゲン原子を用いて2つの頂点酸素を置換した場合,八面体がc軸方向に大きく伸張した正方歪みが生じる.酸塩化物を例に挙げると,高温超伝導体の有名な母体,A 2CuO 2Cl 2(A=Sr,Ca)がある.9),16)Cu原子は面内のO原子と強い共有結合を作り,平面4配位のCuO 4ユニットが頂点共有で連なった二次元CuO 2面を形成する(図1c).一方,Cl原子は頂点サイトを占めるもののCu17原子との結合距離はShannonのイオン半径)から期待される値よりも20%ほど大きい.したがって,Cu-Cl間の相互作用はきわめて小さく実効上平面4配位とみなすことができる.一方,酸フッ化物の場合はNd 2CuO 4型構造(T'型)をとる傾向があり,7)フッ化物イオンはCu原子の真上下に位置しない.ハロゲン原子を用いた平面4配位設計のアプローチは,低次元磁性体または高い臨界温度をもつ超伝導体の探索を目的に用いられてきた.しかし,平面4配位状態はCu 2+のようなヤーン・テラー活性の金属イオンもしくは結晶場の大きいd 8の遷移金属イオンにおいて安定化されるという常識があったためか,それ以外の元素についての報告はほとんどなかった.例外としてSr 2CuO 2Cl 2と同構造のSr 2CoO 2X 2(X=Cl,Br)が高温固相反応で合成されている. 18)この物質のCoイオンは2価であることから,Cu 2+と異なりヤーン・テラー効果はきわめて弱い.筆者はこの論文を読んで,ヤーン・テラー効果が不活性の遷移金属イオンに対しても同様の複合アニオン化によって平面4配位構造が得られるのではないかと着想を得た.しかし,通常の固相反応では新規相を得ることができなかったため,ベルト型高圧装置を用いて3d金属を中心に物質探索を行った.その結果,Sr 2MO 2Cl 2(M=Mn,Ni,Zn)を得ることに成功した. 19),20)合成には3~6万気圧ほどの高圧,1,500℃程度の高温条件を必要とした.そもそも,常圧で簡単に合224日本結晶学会誌第59巻第5号(2017)