ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

新刊紹介物質・材料テキストシリーズ結晶学と構造物性-入門から応用,実践まで-野田幸男著内田老鶴圃(2017)定価4,800円+税ISBN 978-4-7536-2307-5本書は,結晶学の基礎から量子ビーム(X線・中性子)の回折・散乱実験,およびそれらを用いた結晶・磁気構造解析の基礎と応用,さらには構造相転移の物理まで,構造物性研究を行ううえで必須となる知識を網羅したものである.サブタイトルに「入門から応用,実践まで」とあるように,結晶学の基礎的な知識から,実際の実験方法や解析方法,そしてそれらの物理的解釈と応用例までが,学部学生にも理解できるように解説されている.その一方で,結晶学研究の専門家にとっても読み応えがある本になっている.第1章では「構造物性」という言葉の意味(定義)から始まる.物質のマクロな性質(物性・目に見える性質)は,それがもつ最小単位の構造(ミクロな構造・対称性)によって規定される.構造を知ることで,物性の起源を明らかにする,という学問が構造物性である,と定義されている.さらに,学問としての「結晶学」がどのように出発し,発展してきたか,興味深いエピソードも含め,歴史を追いながら解説されており,恥ずかしながら私が知らなかったことも書かれており,大変役に立った.第2,3章では,結晶のもつ対称性とシンモルフィックな空間群について解説されている.単位胞という最小単位の「箱」に対称性が付加されていくことで,どのように箱の種類が分類されていくかが丁寧に記述されている.また,箱の中に原子が詰められた場合に生まれる対称性から,空間群を導出する方法も書かれている.現在の構造解析ソフトウェアは大変優秀で,空間群によって決められる原子位置や対称性はブラックボックス的に自動で計算できるため,本章の知識はほとんど必要なくなってきているが,コンピュータが出した答えが本当に正しいのか,マクロな物性と矛盾しないのか,を確かめることはきわめて重要で,後述の章も含めて,本書の知識が必要であることはいうまでもない.第4章では,結晶の物理的性質(マクロな性質)と対称性との関係について解説されている.極性・軸性ベクトルの説明から始まり,誘電率や圧電定数というマクロな物理量(テンソル量)が結晶のもつ対称性によってどのように規定されるか,詳細かつ平易に導出されている.第5章では,ノンシンモルフィック空間群と磁気空間群についての解説である.部分並進が対称性に含まれるため,少々複雑になってくるが,実際の空間群を例にわかりやすくまとめられており,しっかりと勉強して理解しておくべき部分であろう.磁気空間群については,ヨーロッパを中心に,近年急速にその分類が進んでいて,International TableとしてまとめられることがIUCrで決定され,現在その作業が進んでいる.磁気空間群を駆使した構造解析手法については,解析ソフトウェアなどの環境も含めて,日本は欧米に大きく引き離されているのが現状である.本書ではその基本的な部分から,実践的な部分までを詳細に解説しており,磁気構造解析の入門として読むべき章である.第6,7章では,X線・中性子回折について,ビームの発生方法から回折の原理,逆格子,構造因子と消滅則など,実際に回折実験を行ううえで必須の知識が網羅されている.中性子が得意とする磁気散乱や非弾性散乱などの説明が含まれているのも本書の大きな特徴であろう.引き続き第8章では実際の回折実験とそれによる構造解析について,測定装置の紹介も含めて記述されている.これまで国内の放射光・中性子施設で回折装置を建設してきた著者ならではの視点で説明されており,非常に役に立つ章である.第9章では,構造相転移が,示強変数の揺らぎや示量変数(秩序変数)によってどのように記述され,理解できるか,またそれらの物理量がどのように観測されるか,具体的な例を挙げて解説している.第10章では,著者がこれまで研究してきた物質の構造解析を例として紹介しており,物質の構造を知ることが,物性を理解するうえでいかに重要か,よくわかる章である.以上のように,本書は結晶学を駆使した構造物性研究を志す学生や若い研究者にとって,必要十分な知識を網羅したテキストである.それと同時に,ある程度知識と経験をもっている研究者がさらに理解を深めたいという場合にも推薦できる1冊である.(東北大学多元物質科学研究所木村宏之)日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)127