ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

米倉功治,眞木さおりRfree0.320H0.3150.310O0.305X-rayNo chargeH 0.05+H 0.1+H 0.2+H 0.3+H 0.4+O 1-Fe 2+Fe 3+O 0.1-O 0.2-O 0.3-O 0.4-O 0.5-O 0.6-O 0.7-O 0.8-O 0.9-図11カタラーゼのモデルの荷電アミノ酸側鎖の酸素,水素,鉄イオンに部分電荷を与え,電子線回折データに対する構造精密した際の誤差(R free). 38)(Plots of refinement statistics(R free)of catalaseatomic models obtained with various scatteringfactors. 34))O 0.3-を与えたとき,R free値が極小になることがわかった.X-ray:X線の散乱因子,Nocharge:すべて中性原子,Fe 2+:二価の鉄イオンのみ,Fe 3+:三価の鉄イオンのみ,O 0.1-~O 1-:酸素原子の電荷を0.1ずつ変更,H 0.05+~H 0.4+:水素原子の電荷を少量ずつ変更.特に断らない限り,Fe 2+と中性原子の電子散乱因子を使用して計算.文献38)より改変.図12β-ガラクトシダーゼの阻害剤(PETG)とマグネシウムイオン(Mg 2+)結合部位の単粒子解析構造. 38)(Structures of a PETG and magnesium-binding siteofβ-galactosidase, overlaid with a refined atomicmodel. 38))20~3.0 A分解能のデータを使用.図11で求めた電荷を与えて構造精密化した構造.クーロンポテンシャルマップと原子モデルがよく一致し,濃い色の網目の差(σA-weighted |F obs |-|F calc |)が少ないのがわかる.Dはアスパラギン酸,Eはグルタミン酸,Hはヒスチジンを表す.分子全体の網目(σA-weighted 2|F obs |-|F calc |)の表示レベルは1.5σ,濃い色の網目(σA-weighted |F obs |-|F calc |)は-4σの有意水準に相当する.文献38)より改変.素原子がもつ部分電荷の値を,カタラーゼの三次元結晶の電子線回折データに対して見積もった.回折パターンは,上述のようにCTFによる改変を受けず,さらに,このデータは弾性散乱電子のみから得ているため,正確な部分電荷の推定が可能になると考えられる.与える電荷を少しずつ変えて,回折データに対して原子モデル精密化した結果,酸素原子に-0.3の電荷を与えたときに,R freeの値が極小値を示すことがわかった(図11). 38)しかし,残念ながら値の大幅な減少には繋がってはいない.それでは,単粒子解析構造には,電荷を反映する情報が含まれているだろうか?そこで,前章のβ-ガラクトシダーゼの単粒子解析データ31)の分解能を3Aまでに限り,上で決めた散乱因子を用いてモデルを精密化した.アミノ酸に加えて結合しているナトリウムイオン(Na +)やマグネシウムイオン(Mg 2+)に電荷を与えた結果,原子モデルの誤差が有意に減少し,実データにより適合する原子モデルを得られることがわかった(図12). 38)より正確な電子散乱因子として,結合にかかわる電子の分子軌道を低分子から求めることも考案されており, 39)-41)今後,タンパク質構造解析への応用が期待される.8.展望タンパク質のX線結晶構造解析技術は,KendrewとPerutzらによる先駆的な研究から半世紀以上を経て大きな進歩を遂げた.しかし,生体超分子複合体や微量しか調製できない膜タンパク質などの重要な機能をもつ試料の結晶作製が難しい状況に変わりはない.単粒子解析の進展は目覚ましいが,分子量の大きくない試料では,依然として結晶化が第一に試みられる状況にある.電子線三次元結晶構造解析により,これまで利用できなかった微小で薄い三次元結晶からの構造決定や,荷電状態の可視化が実現すれば,その有用性は非常に大きいと考えられる.現状では,位相問題,ミッシングコーン,適切な電子線散乱因子の取り扱いなど,克服すべき課題も多い.前2つの問題は単粒子解析と組み合わせることで,問題解決に繋がる可能性は高い.氷包埋像の自動測定とGPUコンピューティングによる解析の効率化により,単粒子解析のハードルは大幅に下がってきている.これらのアプローチを新しい基礎技術として確立し,生命科学の発展や医療,創薬,工学などの広い分野への貢献を目指したい.現在,電子線三次元結晶構造解析と単粒子解析の両者に適した電子顕微鏡をデザインし,導入を進めている.94日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)