ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

タンパク質の電子線三次元結晶構造解析と電荷の精密化結しその分子像から三次元構造を再構成する手法である.近年,電子線直接検出型の量子検出効率の良い高速カメラの普及と,統計に基づく画像解析ソフトウェアによる革新で,到達分解能が大きく向上した(文献30)-32)など).可溶性タンパク質の理想的な試料では,2.2~1.8 Aの分解能が主張されており, 31),32)試料によっては,X線結晶構造解析に匹敵する,もしくはそれに勝る空間分解能での構造解析も可能になってきた.生命活動に重要な役割を果たし創薬のターゲットにもなる膜タンパク質やタンパク質複合体の結晶化は困難であることが多いため,新たな構造解析技術として大きく注目されている.一方で,氷と試料との散乱強度の差から生じる分子像のコントラストは低く,分子量の小さなタンパク質への適用は難しくなる.分子量10万以下のタンパク質の構造解析例もあるが, 32)一般的に,数十万以上の分子量の試料が解析に適している.タンパク質X線結晶学者からよく質問を受けるのが,単粒子解析における分解能の決め方である.これは,分子像群をランダムに2つのグループに分けそれぞれ独立に三次元再構成した後,2つの密度マップの構造因子間で空間周波数に対して計算した相関係数Fourier shellcorrelation(FSC)から見積もる.このFSCの値が,位相誤差60°に相当する0.143まで下がる点を分解能に採用するのが,gold standard FSCと呼ばれる基準で,現在広く受け入れられている. 33),34)遅れてX線結晶構造解析のデータ評価に導入されたCC 1/2,CC*もこの考え方に基づく. 35)原子モデルの整合性は,モデルと密度マップの間でFSCを計算することから評価されているが,X線結晶構造解析で標準的に用いられるモデルの精密化から除外した回折点で誤差を評価するR freeなどの客観的な基準はない.単粒子解析では位相情報も実験データに完全に由来し,結晶構造解析のように精密化の過程でその都度更新されるわけではないので,上記の評価法で問題は少ないとされている.その他に,密度マップを構成する波の成分の細かさから,分解能を実空間で局所的に評価する手法もよく用いられる. 36),37)著者は,試しに,単粒子解析で得られた構造を使ってモデルに対する結晶学的なR値を計算してみた.電子顕微鏡で得られた生体分子の三次元マップは,Electronmicroscopy bankのデータベースに登録され,公開されている.現在,最も高い分解能1.8 Aと主張されているグルタミン酸脱水素酵素(登録番号EMB-8194)32)の構造では,モデルを当てはめられない有意な密度が周囲に存在し,品質は高くないように思われた.ラクトースを分解する酵素β-ガラクトシダーゼの2.2 A分解能の単粒子解析構造(登録番号EMB-2984)31)では,解釈できない密度もなく側鎖もよく解像されている.そこで,このデータに対して,モデルに対するR値を計算した.主張されて日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)いる2.2 Aまでのデータを含むと,約44%になるが,分解能を3Aまでに限るとR値は30%程度まで下がる. 38)次章では,この3Aまでのデータを,電荷を含む散乱因子を用いた構造精密化に使用した.28電子線結晶回折では,有機分子)やポリペプチド鎖27)から0.8~1 A程度の分解能が達成されて,水素の可視化も可能になっている.到達分解能の面では単粒子解析に勝る.また,電子顕微鏡の実像は,特殊な周波数特性をもつ伝達関数(コントラスト伝達関数;CTF)の影響で振幅の改変を受ける.改変のない振幅情報が得られる電子線回折では,散乱強度を精密に測定できるため,精度高く荷電情報を解析することに向いている.しかし,モデルに対する結晶学的なR値は,X線解析に比して悪くなる傾向にあることが知れられている.2),3),10)-12),15)著者は,この原因が部分電荷をもつ原子の電子線散乱因子の取り扱いに原因があると考え,次章の計算を行った. 38)7.原子散乱因子の精密化これまで電荷を含めた電子線の散乱因子を使用した10),15解析の例)は少なく,その取り扱いも確立していなかった.そこで,まず,電子線に対する正確な散乱因子を利用できるようにするため,非線形の最適化アルゴリズムを取り入れたソフトウェアScatCurveを開発した. 38)これを用いて,さまざまな部分電荷をもつ原子の散乱因子の曲線を近似する係数を精密に求めた(図10). 38)次に,荷電アミノ酸であるアルギニン,リジン,ヒスチジン,アスパラギン酸,グルタミン酸の側鎖の酸素原子,水Atomic scatteringamplitude (A)3.02.01.00.0COResolution (A)10 5.0 3.3 2.5 2.0O 0.3-0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25O 0.6-sinθ/λ図10部分電荷をもつ酸素原子の電子線に対する散乱因子. 38)(Electron scattering factors of partiallycharged oxygens overlaid with fitted curves. 38))中性の酸素原子と酸素イオンの散乱因子を線型平均(点)し,ScatCurve 38)で求めた係数を用いて曲線を描いた.中性の酸素原子,酸素イオンおよび-0.3と-0.6の部分電荷の散乱因子,比較のために炭素原子(C)に対応する曲線を表示.縦軸方向の高さは静止した電子に対応する.文献38)より改変.O -93