ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

米倉功治,眞木さおり図9カタラーゼの活性部位のクーロンポテンシャルマップ. 10)(A coulomb potential map around theactive site of catalase. 10))8~3.2 A分解能の回折点のみを用いて得られたマップ.活性部位の中央にあるヘムの鉄(矢印)に三価の鉄の原子散乱因子(図4a)を用いたモデルとの差(ヘム中央鉄イオン上の網目)は大きく,測定ではこの鉄が二価であることが示唆された.Yはチロシン,Rはアルギニン,Fはフェニルアラニン,Hはヒスチジンを表す.分子全体の網目(σA-weighted 2|F obs |-|F calc |)の表示レベルは1.3σ,鉄イオン上の網目(σA-weighted|F obs |-|F calc |)は-3σの有意水準に相当する.文献10)より改変.解能側で負の値になることを反映し(図4a),低分解能の情報を含めた理論的なクーロンポテンシャルマップでは負電荷をもつ原子に相当する部分が欠失する. 10)実際,8~3.4 A分解能の回折点のみを用いて得たマップでは,2つのカルシウムイオンに挟まれた800番目のアスパラギン酸の側鎖に相当する部分は解像されない(図8aで有意水準1σの表示レベルにおいて該当する密度はない). 10)一方,低い分解能の情報を除いた5~3.4 A分解能の回折点のみから得たマップでは,このアスパラギン酸側鎖に相当する部分が現れる(図8b).これらの特徴は,電子線の原子散乱因子と原子モデルを用いて計算した理論クーロンポテンシャルマップと一致する. 10)また,このアスパラギン酸側鎖が,カルシウムイオンの結合に22)かかわる残基の中で最もpKaが低いという計算結果とも一致する.以上から,このアミノ酸側鎖が負電荷をもっていることを実験的に明らかにできた.すべてのアスパラギン酸,グルタミン酸側鎖に負電荷を仮定したモデルからのずれを示すマップでは,908番目のグルタミン酸で大きな差が現れ,この部位にプロトンが結合していることが示された(図8aの矢印で示した網目). 10)このプロトン化により,近傍の771番目のグルタミン酸との水素結合が形成され,カルシウム結合部位が安定化されると考えられる. 22)さらに,中性のカルシウム原子の電子散乱因子を仮定したモデルのフーリエ変換を実測データから引くと,正の差(濃い色の網目)が現れ,正電荷の可視化も可能なことが示すことができた(図8c).水溶性の超分子複合体であり,有害な過酸化水素を分解する酵素であるカタラーゼでも,電子線回折のクーロンポテンシャルマップからは,活性部位にあるヘム中心の鉄の荷電状態に関する情報を得ることができた(図9). 10)ここに示した機能にかかわる特定の部位のアミノ酸だけでなく,すべてのアミノ酸のクーロンポテンシャルマップを統計的に処理したところ,8Aまでの低分解能側の回折点を含んだ場合,アスパラギン酸とグルタミン酸の側鎖に負電荷を仮定しないモデルとの差が大きくなる傾向が明瞭になった. 10)このように,開発したシステムが,アミノ酸やイオンの荷電状態を解析するツールになることを示すことができた. 10)ここで注意を要するのは,グルタミン酸とアスパラギン酸の側鎖は放射線損傷を特に受けやすいことである. 23),24)上の例のように,解析には複数の分解能範囲から計算したマップを比較するなどの検討が必要となる. 10)5.位相問題,ミッシングコーン前章の解析では,位相情報は基になる構造の分子置換から取得した.電子線散乱では散乱強度の原子番号依存性が低く,重原子の異常散乱の利用が難しい.電子線回折から異常散乱信号を検出できたとの報告はある25)が,実際に位相情報の取得には至っていない.位相情報は実像からも取得できる.しかし,実像の記録には回折パターンの数十~数百倍の電子線量を要し,また,回折点は三次元に離散しているため,すべての回折点の位相を実像から決めることは現実的でない.現在,分子置10)-12換)26)-28や低分子への直接法)のほかに,三次元結晶からの回折パターンに実験的に位相を与える確立した手法は存在していない.薄い板状結晶のように支持膜に対してほぼ同一の方向を向く試料では,約±60°までの傾斜角の制限のため,複数の結晶からの回折を統合しても,データを収集できない領域(ミッシングコーン)が残ってしまう.現在,全回折点の約70~80%の収集に留まっており, 10),12)データが測定できない領域の影響は無視できない.筆者は,結晶構造解析の密度改良によりある程度までデータを補完できることを確認している.二次元結晶では,投影像の拘束条件を最適化することでミッシングコーンの影響を小さくするアルゴリズム29)も提案されている.6.単粒子解析との比較低温電子顕微鏡の単粒子解析は,試料溶液を急速凍92日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)