ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

栗栖源嗣図7ストーク277の結晶構造(左)と微小管上を歩行するダイニンMDの模式図(右).(Crystal structure図8微小管(MT)結合からAAA +方向への情報伝達機構の模式図.(Model of the intra-molecular signalof Stalk 277, left, and walking model of dynein motordomain, right.)transduction through the stalk from the MTBD to theAAA + ring.)を沈殿剤とする蒸気拡散法により良質の単結晶を得ることに成功した.SPring-8 BL44XUにおいてクライオ条件でX線回折実験を行ったところ,3.5 A分解能の回折強度データを収集することができた(空間群P3 121,格子定数a=102.939,b=102.939,c=69.096 A).そこで,さらなる分解能の向上を目指し結晶の脱水処理を施したところ,最高分解能が2.5 A分解能へと飛躍的に向上するとともに結晶格子の変換が起こることを見出した(空間群P3 112 or P3 212,格子定数a=181.978,b=181.978,c=49.457 A).Se-Metに置換した誘導体結晶を用いて位相決定を試みたが,脱水処理を施した結晶から測定した高分解能の回折強度データでは構造決定できず,脱水処理を施していない結晶から測定した分解能の低い3.5 A分解能の回折強度を用いた場合でのみ,Se-SAD法で構造解析に成功した(図7). 20)得られた構造を用いた分子置換法による解析計算や,回折強度分布の分析から,脱水処理を施した結晶はnon-merohedral twinと呼ばれる双晶状態にあり,最終的に構造解析不可能であると結論づけた. 21)3.5 A分解能で解析したストーク277の構造と,上述のダイニンMD構造中に含まれるストーク領域とでへリックスのコイルドコイル構造を比較したところ,αへリックスのピッチが半ピッチずれていることが判明した.ストーク277と微小管との共沈実験の結果から,ストーク277は微小管親和性が低いことを確認しているので,微小管親和性が高いADP結合型のダイニンMDの構造に比べて,へリックスのピッチがずれていることは,へリックス・スライド機構によりへリックスがスライドした前後の構造を実験的に検証したことになった.ストーク277の構造はペプチド鎖に欠損なくモデル構築できているので,分子動力学計算のスタートモデルに適している.そこで50 nsecの分子動力学計算を行い,そのトラジェクトリーを解析するとともに,主成分解析を行った.トラジェクトリー解析から,MTBDとコイルドコイル領域間のヒンジ部分にある保存されたプロリン残基を中心に,方向性をもった振動運動が確認された. 20)保存残基であるプロリンをアラニンに置換した変異体で分子動力学計算を行うと,この振動の方向性がなくなるため,ヒンジ領域に立体化学的制約の多いプロリンが位置していることが機能的に重要であると判明した.この振動運動の方向をダイニンMD全長構造に重ね合わせると,次のステップを探す微小管上の動きと一致した(図7).すなわちダイニン分子モーターが微小管に結合する際に,分子がもつ内在的な運動性が進行方向の決定に影響を与えている可能性を示すことができた. 20)次に主成分解析を行った.その結果,保存残基のプロリンを基点として,コイルドコイルの2本のへリックスが協調的にピストン運動していることを確認した.この協調的なピストン運動も保存残基であるプロリンをアラニンに置換した変異体で計算すると,その運動特性を失うことが確認された.われわれは,この協調的なピストン運動から微小管結合に起因する情報伝達の仕組みを考察した(図8).まず微小管結合前には,1N-末端側,C-末端側の双方のへリックスが協調的にピストン運動しているが,2微小管結合により,C-末端側のへリックスに繋がる構造の運動性が低くなる.それに対しN-末端側のへリックス近傍には十分な空間が残っているため,3 N-末端側のへリックスの運動性だけが残りへリックスのスライドを引き起こす,という情報伝達モデルである. 22)これは,2014年以降に報告された電子顕微鏡による中程度分解能の微小管・MTBD結合分子モデルとも整合している. 23),24)今後,微小管を構成するチューブリン・ダイマーとストークMTBDの複合体が,高分解能で構造解析されれば,より詳細な分子メカニズムの解明86日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)